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グラスの氷が、からりと鳴った。


窓を開けたままのリビングに

少し湿った夜風が入ってくる。


湊はTシャツ姿で枝豆をむき、

悠は勝手に冷蔵庫を開けてビールを出す。


いつもの夜。


変わらない空気。


そのはずだった。


「今日さ、直哉に会った。」


「……直哉?」


「うん。大学ん時の。」


ああ、そっか。

もう“大学ん時の”人。


今はただの、過去。


そう思ったのに。

隣で湊が首をかしげる。


「誰ですか?」


「元カレ。」


言葉にすると、妙に軽い。


でも。

言った瞬間、空気が少しだけ静かになった気がした。


湊は表情を変えない。


「へぇ。」


悠が続ける。


「遥花どうしてる?って聞かれたから、年下と付き合ってるって言っといた。」


「ちょっと、勝手に言わないでよ。」


「事実だろ。」


湊が笑う。


「それでなんて?」


その聞き方が、少し大人びていて。

私は逆に落ち着かなくなる。


悠が肩をすくめる。


「年下?まぁ、若いうちは勢いあるもんなって。」


“勢い”。


結婚式でも聞いた。


年下。

まだ。

若い。


社会人三年目の直哉。

営業で結果を出して昇進したらしい。


悠が淡々と話す。


私は枝豆をつつきながら、ふと昔を思い出す。


直哉は、真面目だった。

将来の話も自然にできた。

安心できた。


でも。


どこかで息が詰まった。


“正解”の道を当然のように歩く人。

私は、その隣で少しだけ窮屈だった。


「戻る気ないの?って。」


悠が言う。


一瞬、息が止まる。

隣の湊の指が、ぴたりと止まったのが見えた。


私は咄嗟に顔を上げる。


「は?」


冗談だとしても。

軽い言い方だったとしても。


湊は怒らない。

拗ねない。

ただ、静かに言う。


「余裕やな。」


その声は穏やかだった。


でも。


奥に、静かな火がある。


私は気づいてしまう。


湊は、揺れていない。

焦っていない。

逃げてもいない。


ただ。


立っている。


「俺は“今”選ばれてるから。」


その言葉に、胸が強く鳴る。


強がりじゃない。


確認でもない。


宣言。


いつの間にか。

ちゃんと、男の顔をしている。





悠が帰って、部屋が静かになる。


私は少し迷ってから聞く。


「嫌だった?」


湊は少しだけ考えて。


「嫌です。」


その素直さに、胸が熱くなる。


「でも。」


私を見る目は、真っ直ぐ。


「俺が選ばれてる事実は変わらないんで。」


その言い方。


奪うでもなく、

縛るでもなく、

ただ立っている。


湊は、進行形だ。


追いつこうとする人。


並ぼうとする人。


“まだ”と笑われても、

そこで止まらない人。


もし、直哉が目の前に現れても。


私は、迷わない。


湊はきっと、

私が言わなくてもわかってくれる。


それでも。


言葉にする日は、近いかもしれない。



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