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あの映画の夜から、少しだけ考える時間が増えた。
眠れないわけじゃない。
仕事も行くし、ちゃんと笑える。
ただ、静かな時間になると
思い出してしまう。
「彼女になるんで。」
簡単に言った言葉。
でも軽くはない声。
私は大人だ。年齢差は現実。
将来設計、生活リズム、仕事の責任。
私はもう、自分だけの時間で生きていない。
湊はまだこれからだ。
これから、選択肢が増えていく側の人間だ。
私は、その途中で足を引っ張る存在になりたくない。
それは優しさか、臆病なだけか。
分からない。
ただ、怖い。
置いていかれるのが怖い。
若い時間の中で、私だけが重くなる瞬間が来るのが怖い。
好きになられるのも怖い。
本気で来られるのも怖い。
でも
湊が隣にいる安心感も、知ってしまった。
それがいちばん厄介だった。
三人でいる夜。
テーブルの上に湯気が立つ。
悠はいつもの位置に座っている。
今日は席を外さない。
私は深く息を吸う。
「少し距離、置こうと思う。」
空気が止まる。
湊はすぐに反応しない。
一拍置いて、静かに聞く。
「理由、聞いてもいいですか。」
逃げない声。
私は視線を落とす。
「私の問題。」
「俺のこと、嫌になりました?」
「違う。」
そこは迷わない。
湊は小さくうなずく。
「年齢差ですか。」
図星だ。
私は笑う。弱い笑い。
「それだけじゃないけど。」
「でも大きいですよね。」
逃げない。
事実を認める。
悠は何も言わない。
ただ、静かに見ている。
私は言葉を探す。
「湊はこれからだよ。」
「はい。」
「私は、もう戻れない時間の中にいる。」
静かに言う。
湊はまっすぐ見る。
「戻ってほしいとは思ってないです。」
胸が鳴る。
「横に立ちたいだけです。」
またその言葉。
悠の視線が、ほんの少しだけ動く。
湊は続ける。
「距離置きたいなら、置いてください。」
落ち着いている。
「でも俺は、止まりません。」
静かな圧。
「外に戻る気ないんで。」
私は息を詰める。
悠が初めて口を開く。
「覚悟あるのか。」
湊は迷わない。
「ある。」
「将来も含めてか。」
一瞬の間。
でも揺れない。
「うん。」
部屋が静まる。
私はその空気の中にいる。
逃げたい。
でも、逃げたくない。
一歩も近づかない。
触れない。
でも立っている。
私は気づく。
距離を置くと言ったのは私だ。
でも境界線を引いているのも私だ。
湊は、線の前で待っているだけだ。
悠は、その線が消えるかどうかを見ている。
私はゆっくり息を吐く。
まだ越えない。
でも、もう戻れない。
引くという選択が、
こんなに難しいなんて思わなかった。




