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「昨日の資料、よかった。」
その一言に、少しだけ驚いた。
最初は修正だらけだった資料。
今は赤が減った。
「スピード上がったな。」
「視点いい。」
短い言葉。
でも今日は、ちゃんとこっちを見て言ってくれた。
「修正早いな。考えて出してるのもわかる。」
胸の奥が、じわっと温かくなる。
派手な成功じゃない。
でも、“見られている”感覚。
新人として扱われるだけじゃない瞬間。
帰り道、空が明るい。
あれ。
こんなに早く終わったっけ。
前は、余裕なんてなかった。
今は、少し周りが見える。
駅のホームでスマホを見る。
遥花からメッセージ。
“今日は何時?”
“早めです。”
そのあと、ふと思う。
最近、遥花のメッセージ短い。
前から?
いや。
少しだけ。
「ただいまです。」
「おかえり。」
声はいつも通り。
でも。
やっぱり。
何か、少しだけ。
前の俺なら、気づかなかった。
でも今は違う。
胸の奥がざわつく。
“ちょっと変や。”
その感覚を、今回は流さない。
「遥花さん。」
「ん?」
「今日、なんかありました?」
一瞬、止まる。
ほんの一瞬。
「……普通だよ。」
嘘だ。
普通って言う時は普通じゃない。
距離を詰める。
真正面。
逃げ道を塞ぐわけじゃない。
でも、目を逸らさせない。
「最近自分が“何もない顔”してるの
やっとわかったんです。」
遥花の瞳が揺れる。
「今、同じ顔してます。」
間違いなく。
言い切る。
責めない。
ただ事実。
遥花が息を飲む。
「……してない。」
弱い否定。
「してます。」
優しく、でも逃さない。
遥花の肩が、ほんの少し落ちる。
「湊、今上向いてるでしょ。」
やっと本音に近づく。
「だから、水差したくない。」
胸がぎゅっとなる。
「俺、そんな弱いですか。」
静かに聞く。
怒ってない。
「遥花さんがしんどいって聞いたら
崩れる男やと思ってます?」
遥花が言葉に詰まる。
「違う、そうじゃなくて。」
「確かに余裕なかったです。」
一歩近づく。
「でも、違和感をそのままにはできません。」
少し前より、確実に。
「今言われた方がええです。」
「後で気づく方が、俺きつい。」
悠の言葉と同じ。
でも、湊の言葉。
遥花の目が揺れる。
強い人の目。
でも、限界が近い目。
「……しんどい。」
やっと。
小さく。
「どこがですか?」
遥花は目を閉じる。
「全部。」
その一言に、湊の呼吸が少しだけ乱れる。
「じゃあ、今日は俺が聞く日。」
そう言って、隣に座る。
真正面じゃなく、横。
肩が触れる距離。
「順番にいきましょ。」
少しだけ笑う。
軽く。
重くしない。
「上司から?」
遥花が、ふっと笑う。
かすかに。
でも、本物。
少しずつ。
途中で声が詰まる。
言葉が途切れる。
湊は急かさない。
相槌だけ。
手は、そっと握る。
強くない。
でも離さない。




