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夜風が少し冷たい。
実家を出てしばらく、二人とも無言だった。
さっきまでの明るい空気が、静かに体に残っている。
「……疲れた?」
遥花が横を見る。
湊は少しだけ笑う。
「ちょっとだけ。」
「顔に出てたよ。」
「出てました?」
「出てた。」
小さく笑い合う。
駅までの道は、子どもの頃から何度も歩いた道。
でも今日は、少しだけ違う。
「でも、よかった。」
遥花がぽつりと言う。
「ちゃんと会ってくれて。」
「ちゃんと会いました。」
「ちゃんと好きって言ってくれたしね。」
「言いました。」
少し照れた顔。
遥花は少し歩幅を落とす。
「次はさ。」
湊が横を見る。
「湊の家だね。」
自然に出た言葉。
未来を前提にした言い方。
湊の足が一瞬だけ止まりかける。
でもすぐに歩き出す。
「……うちは、ゆっくりでいいです。」
「なんで?」
「まだ準備できてないので。」
「準備?」
「覚悟の。」
少し冗談っぽく言うけど、目は真面目。
「今日みたいに、ちゃんと迎えられるようになってから。」
遥花は黙る。
さっきまで緊張していたのに、
もう“迎える側”のことを考えている。
「急がないよ。」
「はい。」
「でも、行くからね。」
湊が小さく笑う。
「逃げません。」
「逃げたら追いかける。」
「怖いです。」
笑い合う。
夜の空気が少し軽くなる。
遥花は思う。
急いでない。
でもちゃんと進んでる。
それが今の二人。
駅の明かりが見えてくる。
湊がふと、小さく言う。
「今日はありがとうございました。」
「なんで湊が言うの。」
「彼氏なので。」
遥花は、少しだけ肩を寄せる。
未来の話を、怖がらずにできる。
それだけで、十分だった。




