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玄関前。
湊の手が一瞬止まる。
ネクタイはしていないけど
シャツの襟を無意識に整える。
「そんな面接みたいな顔しなくていいから。」
「面接より緊張してます。」
「なんで。」
「人生かかってる気がして。」
遥花は少しだけ笑う。
チャイムを押すとすぐにドアが開く。
母の顔がぱっと明るくなる。
「あら〜!いらっしゃい!」
湊は一歩下がって、深く頭を下げる。
「初めまして。湊と申します。
本日はお時間作っていただきありがとうございます。」
母が目を丸くする。
「固い固い。」
でも笑っている。
「悠くんからだいたい聞いてるから大丈夫よ。」
その一言で、湊の目がわずかに動く。
「……悠から。」
「真面目で堅実で、無理しがちなんでしょ?」
母が楽しそうに言う。
湊、完全に固まる。
「……あの。」
「なに?」
「そこまで無理は。」
「してるわよ、顔でわかる。」
遥花が吹き出す。
リビングに通されると部屋の匂いが懐かしい。
遥花にとっては“帰ってきた”空間。
湊にとっては“初めて入る場所”。
ソファの前で足が止まる。
「……よ。」
悠がソファに座っている。
完全にくつろいでいる。
「なんでいるの。」
悠は肩をすくめる。
「呼ばれた。」
母が普通にうなずく。
「だって悠くんも家族みたいなもんだし。」
湊が小さく息を吐く。
「ああ。」
「なにその“ああ”。」
「納得しました。」
「なにを。」
「こうなると思ってました。」
悠が笑う。
「逃げるなよ。」
「逃げません。」
即答。
その声に、父が新聞を畳む。
「いいな。」
一言だけ。
それだけで場の空気が少し柔らぐ。
母が湊を観察する。
視線は優しいけど、甘くない。
「うちの娘、気ぃ強いけど大丈夫?」
湊は一瞬だけ遥花を見る。
それから母を見る。
「はい。」
「早い。」
「好きなので。」
一拍、空気が止まる。
遥花の耳が熱くなる。
母がふっと笑う。
「そういうのはちゃんと言う子なのね。」
悠が横からぼそっと言う。
「そこだけは素直。」
「そこ“だけ”?」
「他は意地張る。」
「張ってへん。」
そのやり取りに、父が小さく笑う。
湊の背筋が、少しだけ下がる。
完全な審査じゃない。
会話ができている。
受け入れられている。
遥花はその様子を見ながら思う。
ちゃんとここに立ってる。
逃げずに、取り繕わずに。
母が急に真面目な顔になる。
「大事にしてくれる?」
問いは軽くない。
でも圧もない。
湊は目を逸らさない。
「はい。」
短い。
でも揺れない。
悠が立ち上がる。
「俺はそろそろ帰るわ。」
「なんで。」
「主役じゃないから。」
玄関へ向かう途中、湊の横を通る。
小さな声で。
「なくすなよ。」
湊は一瞬だけ目を伏せて、
「なくさん。」
短い会話。重みはある。
母がにこっと笑う。
「なんか安心したわ。」
父もうなずく。
遥花は胸の奥が少しだけ軽くなる。
家族の輪の中に、もう一人いる。
それが自然になりつつある。




