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土曜の夕方。
少し混んだ駅前、
若い声と落ち着いた歩幅が入り混じる時間。
湊は改札の前で待っていた。
私を見つけると、少しだけ笑う。
「お待たせ。」
「全然です。」
その素直さに、自然と頬がゆるむ。
「ポップコーン、半分こする?」
私が言うと、湊は一瞬驚いてからうなずく。
「はい。」
ほんの少し嬉しそう。
その反応が可愛いと思ってしまって、
自分で驚く。
チケットを受け取ったときだった。
「あれ、湊?」
明るい声。
振り向くと、同い年くらいの女の子。
髪をゆるく巻いている。
近い距離、けれど不自然さはない。
「あ、久しぶり。」
湊が笑う。
その笑い方は、少しだけ砕けている。
私にはまだ見せない顔。
胸の奥が、ほんの少しだけちくりとする。
「彼女?」
軽く聞かれる。
一瞬、空気が止まる。
湊は迷わない。
「うん。」
私は思わず横を見る。
湊は、私を見ない。
でも、距離も変えない。
授業。サークル。単位。
同じ時間を生きている人たち。
私は少しだけ微笑む。
ちゃんと、余裕のある顔で。
でも内側は静かにざわつく。
湊はあの世界の人。
私はもう、あそこにはいない。
友人は「お幸せにー」と笑って去っていった。
沈黙が落ちる。
私は少し歩き出してから、小さく言う。
「……彼女って。」
自分でも驚くくらい、声は静かだった。
湊は歩幅を合わせる。
「彼女になるんで。」
迷いがない。
押しつけでもない。
ただ、事実みたいに言う。
胸が、強く鳴る。
「まだなってないでしょ。」
私は少しだけ笑う。
逃げ道を残す。
「まだ、ね。」
私はそれ以上何も言えず、映画館へ入った。
暗闇にスクリーンだけが光る。
ポップコーンの袋が、そっと差し出される。
指が一瞬触れ、すぐ離れる。
触れない。
その距離が、余計に意識させる。
“彼女になるんで。”
その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
映画の内容は半分しか入ってこない。
外に出るとネオンがにじんでいた。
「楽しかったですか。」
「うん。楽しかった。」
でもそれだけじゃない。
少し歩いてから、私は言う。
「さっきの子たち、楽しそうだったね。」
「そうですね。」
「同じ時間を生きてる感じがする。」
言ってしまう。
自分でも、ずるいと思う。
湊は立ち止まり、真正面から見る。
「遥花さんも、同じ時間生きてます。」
否定しない。流しもしない。
私は苦笑する。
「違うよ。私はもう学生じゃない。
年齢差って、思ったよりあるね。」
やっと出た本音。
湊は立ち止まり、真正面から私を見る。
「ありますね、気になります?」
低い声。
私はうなずく。
「さっきの子たちといる方が、自然だよ。」
言ってしまった。
軽い嫉妬と、重い現実。
湊は少しだけ息を吐く。
「自然かどうかなんて関係ないです。」
「でも…」
「年上やから嫌なんですか。」
「違う。……置いてかれるのが怖い。」
本音がこぼれる。
湊は静かに聞いている。
考えて、それから
「置いていきません。」
言い切らない。でも揺れない。
「追いつきます。」
少し強い。
若い顔で、まっすぐ。
年齢差は事実だ。消えない。
でもこの人は、そこから逃げない。
私は小さく笑う。
「簡単じゃないよ。」
「分かってます。
俺、置いていくタイプに見えます?」
私は首を振る。
「見えない。」
「なら大丈夫です。」
簡単に言う。
でも軽くはない。
ネオンの下。
触れない距離。
境界線はまだある。
でも私は、もう外に戻れない気がしている。




