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三月の空気は、まだ少し冷たい。
校門前は人で溢れていて、
袴やスーツの色が春みたいに散らばっている。
湊はスーツ姿で立っていた。
ネクタイが、少しだけ曲がっている。
「動くな。」
悠が無言で近づいて、まっすぐに直す。
「自分でできる。」
「できてない。」
言いながら、されるがまま。
悠はきっちり整えて、軽く肩を叩く。
「ほら。社会人様。」
「まだです。」
言い返しながらも、顔はどこか晴れている。
遥花は少し離れたところから見ていた。
ああ、と思う。
ちゃんと大人の格好をしている。
でも中身はまだ、変わらない。
「写真撮るぞ。」
悠がスマホを構える。
騒がしい背景を背に、三人で並ぶ。
湊が真ん中に立つのを少し嫌がって、結局押し出される。
シャッター音が鳴る。
画面の中には、特別なポーズも、気取った顔もない三人が写っている。
いつも通りの距離。
いつも通りの空気。
それが少しだけ、眩しい。
「送っといてね。」
「あとでな。」
悠がスマホをしまう。
人の流れがゆっくり動き出す。
湊が校舎を振り返る。
長くもなく、短くもない時間だった場所。
「ちゃんと行けよ。」
静かな声。
応援でも、送り出しでもない。
湊は小さく頷く。
風が吹いて、誰かの袴が揺れる。
ざわめきの中で、三人だけが少しだけ静かだった。
「次は、家ですね。」
湊が言う。
悠がわずかに笑う。
「鍵なくすなよ。」
「なくさんて。」
「なくさないって。」
三人の声が重なって、自然にほどける。
寂しいとは言わない。
おめでとうとも言わない。
ただ、ちゃんと一区切り。
春はもう、始まっている。




