表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/135

44





それからの日々はあっという間だ。


ホテルは繁忙期で、遥花は連日フロントに立っている。

湊は卒論と内定者課題に追われている。

会える日はあるのに、どこか落ち着かない。


それでも31日の夜は、約束していた。


湊は少し早めに来て、キッチンで手伝いをするふりをしながら冷蔵庫を勝手に開ける。


「勝手に探らない。」


「材料確認です。」


「さっき一緒に買ったでしょ。」


年越しそばをふたりで作る。

麺を茹でる湯気の中で、くだらない話をする。


テレビのカウントダウンが始まる頃、ソファに並ぶ。


「今年、早かったですね。」


「うん。」


「来年はもっと早い気がします。」


「なんで?」


「社会人になるから。」


遥花は横目で湊を見る。


「ちゃんと寝なよ、社会人。」


「もう子ども扱いですか。」


「まだ学生でしょ。」


言い返そうとして、やめる。


テレビがゼロを数える。


「……あけましておめでとう。」


「おめでとうございます。」


軽くキスをして、笑う。


大きな約束はしない。


「来年もよろしくね。」


それだけ。





翌朝

カーテン越しの光で目が覚める。


湊はまだ寝ている。

寝癖のついた髪を見て、遥花は少しだけ笑う。


昼前には実家に帰ると言っていた。

キッチンで簡単な朝食を作っていると、後ろから腕が回る。


「早いですね。」


「帰るんでしょ。」


「はい。」


声は少し低い。


玄関でコートを着る湊を見送る。


「いってきます。」


「いってらっしゃい。」


少しだけ、長めのキス。


扉が閉まると、部屋が静かになる。

けれど寂しさは、以前ほど重くない。


ちゃんと戻ってくると分かっているから。





三が日明け、人の少ない神社。

並ぶ時間も短い。


湊は真面目な顔で手を合わせる。


「なにお願いしたの。」


「言ったら叶わないやつです。」


「ずるい。」


「遥花さんは?」


「内緒。」


おみくじで軽く言い合いになりながら、境内を出る。

帰り道、湊がふと真面目な顔をする。


「今年、環境変わりますね。」


湊がぽつりと言う。


「うん。」


「社会人になりますし。」


少し間があく。


「……ちゃんと、考えたいなって。」


「なにを?」


「生活のこと。」


その言葉に、遥花の足がほんのわずかに止まりかける。


「通えない距離ではないですけど、引っ越しも視野に入れてて。」


視線は前を向いたまま。

真面目な横顔。


ああ、と思う。


離れるんだ。


ちゃんと、自分の生活を作るんだ。

それは当たり前で、正しくて、応援するべきことで。


だから遥花は笑う。


「そっか。」


声は落ち着いている。


大人の声。


「うん。」


湊は一瞬だけ黙る。

何かを確かめるみたいに、指先が少し強くなる。


「一緒に、住みませんか。」


遥花は、歩くのを止めた。


「……え?」


湊はちゃんとこっちを見る。


「引っ越すなら、二人で。」


少しだけ緊張しているのが分かる。


「通えない距離じゃないですけど、どうせ環境変わるなら、その……」


言葉を探す。


「ちゃんと、形にしたいなって。」


さっきの言葉の意味が、ひっくり返る。


離れる話じゃなかった。


作る話だった。


離れなくていい。


我慢しなくていい。


応援する側に回らなくていい。


「……そっちか。」


小さく笑ってしまう。


「離れる話かと思った。」


湊の眉がわずかに動く。


「そんなわけないじゃないですか。」


「俺、離れるつもりないです。」


その言い方があまりに真っ直ぐで、遥花は目を逸らす。

胸の奥がじんわり温かい。


「うん、一緒に住も。」


即答だった。

今度は湊が止まる。


「即答ですか。」


「うん。」


「もうちょっと悩んでもいいのに。」


「傷つく顔すると思ったから。」


「しないです。」


してる。

遥花は小さく笑って、手を握り直す。


「歩幅、合わせるって言ったでしょ。」


湊は少しだけ息を吐いて、頷く。


神社の灯りが、背中の方で揺れている。


新しい年は、もう始まっている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ