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それからの日々はあっという間だ。
ホテルは繁忙期で、遥花は連日フロントに立っている。
湊は卒論と内定者課題に追われている。
会える日はあるのに、どこか落ち着かない。
それでも31日の夜は、約束していた。
湊は少し早めに来て、キッチンで手伝いをするふりをしながら冷蔵庫を勝手に開ける。
「勝手に探らない。」
「材料確認です。」
「さっき一緒に買ったでしょ。」
年越しそばをふたりで作る。
麺を茹でる湯気の中で、くだらない話をする。
テレビのカウントダウンが始まる頃、ソファに並ぶ。
「今年、早かったですね。」
「うん。」
「来年はもっと早い気がします。」
「なんで?」
「社会人になるから。」
遥花は横目で湊を見る。
「ちゃんと寝なよ、社会人。」
「もう子ども扱いですか。」
「まだ学生でしょ。」
言い返そうとして、やめる。
テレビがゼロを数える。
「……あけましておめでとう。」
「おめでとうございます。」
軽くキスをして、笑う。
大きな約束はしない。
「来年もよろしくね。」
それだけ。
翌朝
カーテン越しの光で目が覚める。
湊はまだ寝ている。
寝癖のついた髪を見て、遥花は少しだけ笑う。
昼前には実家に帰ると言っていた。
キッチンで簡単な朝食を作っていると、後ろから腕が回る。
「早いですね。」
「帰るんでしょ。」
「はい。」
声は少し低い。
玄関でコートを着る湊を見送る。
「いってきます。」
「いってらっしゃい。」
少しだけ、長めのキス。
扉が閉まると、部屋が静かになる。
けれど寂しさは、以前ほど重くない。
ちゃんと戻ってくると分かっているから。
三が日明け、人の少ない神社。
並ぶ時間も短い。
湊は真面目な顔で手を合わせる。
「なにお願いしたの。」
「言ったら叶わないやつです。」
「ずるい。」
「遥花さんは?」
「内緒。」
おみくじで軽く言い合いになりながら、境内を出る。
帰り道、湊がふと真面目な顔をする。
「今年、環境変わりますね。」
湊がぽつりと言う。
「うん。」
「社会人になりますし。」
少し間があく。
「……ちゃんと、考えたいなって。」
「なにを?」
「生活のこと。」
その言葉に、遥花の足がほんのわずかに止まりかける。
「通えない距離ではないですけど、引っ越しも視野に入れてて。」
視線は前を向いたまま。
真面目な横顔。
ああ、と思う。
離れるんだ。
ちゃんと、自分の生活を作るんだ。
それは当たり前で、正しくて、応援するべきことで。
だから遥花は笑う。
「そっか。」
声は落ち着いている。
大人の声。
「うん。」
湊は一瞬だけ黙る。
何かを確かめるみたいに、指先が少し強くなる。
「一緒に、住みませんか。」
遥花は、歩くのを止めた。
「……え?」
湊はちゃんとこっちを見る。
「引っ越すなら、二人で。」
少しだけ緊張しているのが分かる。
「通えない距離じゃないですけど、どうせ環境変わるなら、その……」
言葉を探す。
「ちゃんと、形にしたいなって。」
さっきの言葉の意味が、ひっくり返る。
離れる話じゃなかった。
作る話だった。
離れなくていい。
我慢しなくていい。
応援する側に回らなくていい。
「……そっちか。」
小さく笑ってしまう。
「離れる話かと思った。」
湊の眉がわずかに動く。
「そんなわけないじゃないですか。」
「俺、離れるつもりないです。」
その言い方があまりに真っ直ぐで、遥花は目を逸らす。
胸の奥がじんわり温かい。
「うん、一緒に住も。」
即答だった。
今度は湊が止まる。
「即答ですか。」
「うん。」
「もうちょっと悩んでもいいのに。」
「傷つく顔すると思ったから。」
「しないです。」
してる。
遥花は小さく笑って、手を握り直す。
「歩幅、合わせるって言ったでしょ。」
湊は少しだけ息を吐いて、頷く。
神社の灯りが、背中の方で揺れている。
新しい年は、もう始まっている。




