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スーツがかかったハンガー。
机の上には企業研究の資料。
何度も読んだページ。
でも、頭に入らない。
“安定した社会インフラを通して――”
優等生すぎる。
画面を閉じる。
ため息。
守れるかどうか。
ちゃんと並べるかどうか。
そのことばかり考えていた。
“守る”。
いつの間にかそれが、
自分の中で重くなっていた。
スマホが震える。
『起きてる?』
『起きてます。』
すぐ電話がかかってくる。
「緊張してる?」
開口一番。
「してないです。」
嘘。
間がある。
「してるね。」
笑われる。
「……ちょっとだけ。」
「明日で決まるかもって思うと、怖いです。」
言ってから、少し驚く。
自分から“怖い”なんて言ったの初めてかもしれない。
電話越しの沈黙は、優しい。
責めない。
急かさない。
「湊、守れるかどうかで選ばなくていいよ。」
息が止まる。
「好きだから続けたい、で十分だと思う。」
心臓が強く打つ。
「完璧な社会人じゃなくていい。」
「私、完璧な人と一緒にいたいわけじゃない。」
静かに続ける。
「自分でいる人といたい。」
目を閉じる。
胸の奥の力が、少し抜ける。
ずっと“正解”を探してた。
企業が欲しい答え。
面接官が欲しい答え。
“守れる男”の答え。
でも。
自分の答えは、別にある。
「……俺、力入りすぎてました。」
「うん、抜いていいよ。
歩幅、合わせるんでしょ?」
あの夜の言葉。
「……合わせます。」
素直に言う。
少し沈黙。
「明日、終わったら一番に連絡して。」
「します。」
「受かっても落ちても。」
間。
「受かっても、落ちても。」
繰り返す。
その約束が、少しだけ背中を軽くする。
電話を切る前。
「湊。」
「はい。」
「"湊"でいいんだよ。」
静かに。
強く。
「……はい。」
電話が切れる。
部屋は静か。
でも、不安だけじゃない。
スーツを整える。
ネクタイを持つ。
鏡を見る。
完璧じゃない顔。
でも、自分の顔。
守れるかどうかじゃない。
自分で選ぶかどうか。
ベッドに横になる。
深呼吸。
怖い。
でも。
逃げない。
明日、ちゃんと自分で。




