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「今日、泊まってもいいですか。」


勢いじゃない。

欲でもない。

選んだ声だった。


遥花は一瞬だけ息を止める。

怖くない、わけじゃない。


でも。


怖さよりも先に、安心があった。


「……いいの?」


確認というより、自分への問い。


湊は少しだけ笑う。


「一人にしたくない。」


その言い方がずるい。

守るとか、奪うとかじゃない。

“置いていかない”の温度。


寝室までの廊下が、やけに長い。

いつも通るはずなのに。

今日は意味が違う。


電気を落とす。


部屋が静かになる。


並んで座る。


触れていないのに、熱が伝わる。


湊が深呼吸するのが分かる。


「緊張してます。」


正直に言う。


「分かる。」


少し笑う。

その笑いで、空気が柔らぐ。


キス。


今までよりゆっくり。


確かめるみたいに。


急がない。


手が背中をなぞる。


止めない。


「痛かったら言ってください。」


真面目な声。

遥花は思わず笑う。


「何それ。」


「大事なんで。」


その一言が、全部だと思った。

大事にするって、こういうこと。


触れる。


抱き寄せる。


呼吸が重なる。


心臓の音が重なる。


怖さは、途中で溶けた。


焦りもなかった。


ただ、選んだという実感。


湊は途中で何度も目を合わせた。


確認するみたいに。


嫌じゃないか。

怖くないか。


そのたびに、遥花は頷いた。


言葉じゃなく、触れ返すことで。


終わったあと。

湊の腕の中で、呼吸が落ち着くのを待つ。


抱きしめる力は、少しだけ強い。


「後悔してませんか。」


耳元で、静かに。


遥花は目を閉じる。


「してない。」


本当だった。


怖さはあった。

でも、後悔はない。


「俺も。」


小さく笑う気配。





目が覚めるとまだ暗い部屋。

隣に体温。


手を少し動かすと、湊の指が無意識に絡む。


“いなくならない。”


あの言葉が、静かに現実になる。





朝、カーテンの隙間から光。


湊が先に目を覚ます。

一瞬、状況を思い出して、静かに笑う。


遥花が目を覚ますと

数秒。


何も言わない。

でも全部通じる。


「おはよう。」


声が少し低い。

昨夜より、少し落ち着いている。


「おはよう。」


気まずくはない。

ただ、少し照れる。


「ちゃんと隣にいますね。」


湊がぽつりと言う。

遥花は笑う。


「いるね。」





キッチンでコーヒーを淹れていると

後ろから抱きしめられる。


「今日、大学休みたくなりますね。」


「だめ。」


「ですよね。」


こういう朝を、何回重ねられるんだろう。


怖さは、少しだけ残っている。


でもそれよりも。


“続き”を想像している自分がいる。

それが一番の変化。


玄関。


靴を履く湊。


「次は俺の家でもいいですか。」


振り返る。


「考えとく。」


余裕ぶる。

でも頬が赤い。


ドアが閉まる。


静かな部屋。


でも昨日とは違う。


安心が、部屋に残っている。


スマホが鳴る。


『ちゃんと隣にいられる男になります。』


笑う。


『もういるよ。』


既読。


すぐ返信。


『それは反則です。』


遥花はソファに座る。


胸が、あたたかい。


恋人になった実感が、やっと追いつく。




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