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『今度、ちゃんと話したい。』
既読をつけた瞬間、心拍数が上がる。
話したい。
ちゃんと…?
悪い方向の想像が早い。
最近忙しい。
会えてない。
不安にさせたかもしれない。
もしかして。
少し距離を置きたい、とか。
喉が乾く。
スマホを握りしめる。
『いつですか?』
既読がつくまでの数秒が長い。
『今週末、来れる?』
『行きます。』
即答。
送ってから気づく。
今の俺、めちゃくちゃ必死やな。
ベッドに倒れる。
天井を見る。
俺、何か間違えたか。
触れなさすぎたか。
大事にしすぎたか。
それとも。
嫌われた?
胸がざわつく。
「……怖。」
小さく呟く。
土曜、インターホン越しの声が少し固い。
「こんばんは。」
いつもより丁寧。
ドアを開けると、緊張してる顔。
靴を脱ぐ動きが少しぎこちない。
ソファに座る。
微妙な距離。
近くも遠くもない。
湊が先に口を開く。
「俺、何かしました?」
遥花が瞬く。
「何でそうなるの。」
「“ちゃんと話したい”って、怖いです。」
思わず笑う。
「悪い話じゃない。」
少し空気が緩む。
でも、心臓は速い。
遥花が深呼吸する。
「湊ってさ。」
「はい。」
「なんで止めるの。」
湊の目が丸くなる。
「……え?」
「キスのあと。」
「毎回、止めるじゃん。」
言った。
言ってしまった。
顔が熱い。
湊は数秒、完全停止。
それからゆっくり息を吐く。
「嫌でした?」
「違う。
嫌なわけじゃ、ない。」
その言葉で、湊の肩が少し下がる。
「じゃあ、」
「……なんで。」
湊は視線を落とす。
少しだけ照れる。
「嫌われたくないからです。」
「俺、調子乗るタイプなんで。」
「怖いんです。」
遥花が止まる。
「何が?」
「大事な人に、軽いって思われるの。」
胸がぎゅっとなる。
「年上だから、とかじゃない?」
「全然。」
「むしろ。」
少しだけ笑う。
「余裕ないの、俺のほうです。」
「触れたいですよ。」
ぽつり。
呼吸が止まる。
「でも。」
背中に回る手が、ゆっくり撫でる。
それ以上いかない。
「今触れたら、止まらない自信しかないんで。」
「遥花さんが怖がること、絶対したくない。」
その言葉が、静かに落ちる。
今までの“止め”の理由が、全部繋がる。
焦らせない。
軽く見せない。
ちゃんと選ばせる。
それが、湊なりの覚悟。
「私、怖がってた?」
「ちょっと。」
遥花は小さく息を吐く。
「私ね。」
「安心してた。」
「いなくならないって。」
湊がゆっくり顔を上げる。
「それが、ちょっと怖かった。」
静かに伝える。
湊は数秒黙って。
それから、抱きしめる。
前より、少し強い。
「いなくならないです。」
耳元で。
「勝手に決めないでください。」
少しだけ怒ってる声。
でも優しい。
遥花は胸に顔を埋める。
「……好き。」
小さく。
湊の腕が強くなる。
「俺も。」
呼吸が重なる。
キス。
今までより深い。
でも、優しい。
指が背中を辿る。
腰まで。
でも、止める。
額を合わせたまま。
「……今日は帰ります。」
小さく。
遥花は一瞬だけ、寂しくなる。
その顔を、湊は見逃さない。
「帰りますけど。」
少しだけ笑う。
「明日も好きです。」
意味が分からなくて笑う。
「何それ。」
「保証です。」
「次は、」
「次は?」
「俺、覚悟決めてきます。」
「うん…安心していい?」
遥花が小さく聞く。
湊は迷わない。
「してください。」
初めて。
安心が、怖くない。
玄関まで見送る。
靴を履いて、立ち上がる。
少し迷ってから、もう一度抱きしめる。
今度は遥花から。
「いなくならないで。」
小さく。
湊の腕が強くなる。
「ならない。」
即答。
ドアが閉まる。
静かな部屋。
でも、静けさが違う。
不安じゃない。
余韻。
スマホが鳴る。
『ちゃんと順番守りますけど、覚悟はしておいてください。』
思わず笑う。
『何の。』
既読がつく。
『全部です。』




