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「好き」って言って
抱きしめて
キスをして、
でも。
それ以上は、ない。
今日も玄関で、ぎゅっとされて。
少し長めのキス。
でも、そこで止まる。
止めるのは、湊。
「今日はここまでです。」
ドアが閉まる。
静かな部屋。
ソファに座って、しばらく動けない。
大事にされてるのは分かる。
分かる。
分かるけど。
「……いつなの?」
誰もいない部屋で呟く。
付き合って、もう三週間。
手は繋ぐ。
キスも慣れた。
でも、それ以上の気配がない。
触れてくるけど、深くない。
今日なんてキスのあと、明らかに迷ってた。
迷って、離れた。
「俺、ちゃんと順番守りたいんで。」
順番って何。
どこから。
どこまで。
もしかして。
年上だから?
「……ないわ。」
自分で否定する。
でも浮かぶ。
社会人三年目。
湊はまだ学生。
遠慮?
気を遣われてる?
それとも。
魅力が、ない?
鏡を見る。
別に変じゃない。
……はず。
スマホを見る。
湊からのメッセージ。
『今日も好きでした。』
好き“でした”って何。
過去形やめて。
ソファに倒れる。
「あああああああ。」
クッションに顔を埋める。
好きなのは分かる。
言葉も態度も、ちゃんとある。
なのに。
なんでこんなに焦る。
ピンポン。
インターホン。
「え?」
モニターを見る。
悠。
タイミングが悪すぎる。
ドアを開ける。
「顔うるせえ。」
開口一番。
「何が。」
「今、めちゃくちゃ考えてる顔。」
ソファに座る。
悠は勝手にお茶を淹れる。
遥花は迷って、言う。
「ねえ。」
「ん。」
「湊ってさ。」
悠が一瞬だけニヤつく。
「何。」
「……手出さないよね。」
言ってから後悔する。
言葉が空気に残る。
悠は一瞬だけ瞬きをして、ゆっくりお茶を置く。
「出してほしいのか。」
真顔。
「違う!」
即答。
でも声が揺れてる。
悠はそこで笑わない。
茶化さない。
ただ、まっすぐ見る。
「じゃあ何。」
言い逃げできないトーン。
遥花は視線を逸らす。
クッションを抱きしめる。
「……大事にしてくれてるのは分かる。」
「分かるけど。」
「いつなの。」
沈黙。
悠は少しだけ天井を見る。
「何が。」
「……次。」
声が小さくなる。
「付き合って三週間だよ?」
「キスはする。」
「好きも言う。」
「でもそれ以上、絶対止める。」
一気に吐き出す。
「年上だから遠慮してるとか。」
「社会人だから慎重とか。」
「私に魅力ないとか。」
悠はそこで小さく息を吐く。
「魅力ないはない。」
即答。
「湊、あれで相当我慢してるぞ。」
「え?」
「顔見りゃ分かる。」
遥花が止まる。
「我慢?」
「してる。」
断言。
「嫌われたくないって顔してる。」
遥花の胸が少しだけざわつく。
「そんな顔してる?」
「してる。」
悠はソファに深く座り直す。
「お前、安心してきたんだろ。」
図星すぎて言い返せない。
「いなくならないって、思い始めてる。」
胸がきゅっとなる。
「それが怖い。」
小さく呟く。
悠は静かに頷く。
「普通。」
「でもな。」
視線が真面目になる。
「安心できる相手にしか、欲張れねえよ。」
言葉が刺さる。
遥花はしばらく黙る。
テレビの音だけが流れる。
「……だってさ。」
ようやく口を開く。
「学生だよ?」
「未来どうなるか分かんないじゃん。」
「今は近いけど、就職で遠くなるかもだし。」
本音が出る。
悠はすぐ否定しない。
「だから、今焦ってんのか。」
「……ちが。」
否定しきれない。
悠は少しだけ笑う。
「お前さ。」
「湊に大事にされて不安になるの、贅沢だぞ。」
ぐうの音も出ない。
「ちゃんと聞けよ。」
「何を。」
「なんで止めるのか。」
遥花はクッションを抱きしめたまま、天井を見る。
「……聞いたら、余計恥ずかしくない?」
悠は少し考えてから言う。
「じゃあ聞くな。」
「は?」
「今のまま、ちゃんと大事にされてろ。」
淡々。でも優しい。
「順番守る男は、裏切らない。」
その言葉が、妙に残る。
スマホをいじりながら、普通に居座る。
遥花はぽつり。
「……好きなんだよ。」
悠は視線を上げる。
「知ってる。」
「それが一番怖い。」
悠は少しだけ柔らかくなる。
「怖いなら、ちゃんと選べ。」
「選ぶ?」
「好きでいるか、逃げるか。」
遥花はスマホを見る。
湊の名前。
少し迷って、打つ。
『今度、ちゃんと話したい。』
送信。
すぐに既読がつく。
悠は横でそれを見てる。
何も言わない。
ただ一言。
「よくやった。」
それだけ。
「泣くなよ。」
「泣かない。」
「どうだか。」
遥花はソファに沈む。
怖い。
でも、逃げない。




