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講義終わり、いつものベンチ。
湊はコーヒーを持ったまま、やけに静かだ。
いや、静かはいつもか。
でも今日は視線がどこか遠い。
スマホを見る回数が妙に多い。
通知が鳴るたびに指が早い。
返信のあと、口元が緩む。
本人は隠してるつもり、たぶん。
「今日、機嫌いいな。」
「普通やけど。」
即答。早い。
図星のときほど反応が速い。
悠はわざと無言で、横目で見る。
湊は視線を逸らす。
耳が、赤い。
確信。
「キスした?」
一瞬、世界が止まる。
湊の動きが、完全に止まる。
コーヒーを持った手が固まる。
「……は?」
声が裏返りかけている。
悠は吹き出しそうになるのを堪える。
「今の“は?”で確定な。」
「なんでそうなんねん。」
視線が泳ぐ。
耳まで赤い。
「どっちから。」
「聞くなや。」
語尾が弱い。
悠は少しだけ真面目な顔になる。
「ちゃんと付き合ったんだろ。」
湊の表情が、ほんの少しだけ引き締まる。
「……うん。」
短い。
でも、重い。
遊びの“うん”じゃない。
覚悟の“うん”。
悠はそこで初めて笑う。
「そっか。」
軽く、でも本音。
「大事にしろよ。」
湊はすぐ返す。
「してる。」
即答。迷いなし。
それで十分だ。
「顔、隠せてないぞ。」
「うるさい。」
完全敗北。
悠はコーヒーを飲みながら思う。
ああ、こいつ本気だな。
いつものように遥花の部屋。
ポテチをテーブルに置く。
何も変わらない部屋。
でも、遥花の空気が少し違う。
スマホを裏返して置く回数が増えた。
通知が来ると、一瞬だけ目が揺れる。
隠すのが下手だ。
「最近、忙しい?」
「普通。」
「ふーん。」
ポテチを一枚取る。
横目で見る。
遥花、無意識に唇を触る。
悠は確信する。
「キスした?」
遥花の動きが止まる。
「は?」
同じ反応。
「分かりやすすぎ。」
「何が。」
「顔。」
否定しない。
それが答え。
遥花は視線を逸らす。
少しだけ、照れている。
でも、どこか不安も混じっている。
悠は気づく。
嬉しい顔の裏に、少しだけ迷いがある。
「好きなんだろ。」
責めない。
確認だけ。
遥花が小さく息を吐く。
「……うん。」
その“うん”は、覚悟半分、戸惑い半分。
悠はそこで余計なことは言わない。
祝福もしない。
心配もしない。
ただ、ポテチをもう一枚。
「ならいい。」
それだけ。
でも内心は、少しだけほっとしている。
湊が本気なのは分かっている。
遥花が笑っているのも分かる。
二人とも、不器用だ。
湊は大事にしすぎるタイプ。
遥花は考えすぎるタイプ。
そのすれ違いは、きっと来る。
でも。
今はまだ、幸せでいい。




