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湊の呼吸が、頬に当たる。
額が触れそうな距離で、しばらく動けない。
心臓の音が、自分のものか湊のものか分からない。
「……やば。」
小さく呟く声。
「ん?」
「思ってたより、ちゃんと好きでした。」
「日本語変。」
思わず笑う。
笑うけど、身体が動かない。
湊の手がそっと頬に触れたまま。
親指が、ゆっくり撫でる。
熱い。
触れ方が、優しい。
優しすぎて、胸が苦しい。
「遥花さん。」
低い声。
名前を呼ばれるだけで、体温が上がる。
「今、俺めちゃくちゃ我慢してます。」
「なにを?」
「全部。」
視線が真っ直ぐすぎて、逸らせない。
湊はふっと笑う。
「でも、今日はここまでです。」
一歩、ほんの少しだけ離れる。
距離ができる。
それが急に寂しい。
「……何で。」
小さく聞く。
湊は少し困った顔をする。
「付き合った初日から欲張ったら、後で後悔しそうなんで。」
「何それ。」
「ちゃんと順番、守りたいです。」
さらっと言う。
照れも、見栄もなく。
それが、ずるい。
リビングに戻り、並んで座る。
今度は自然に、肩が触れている。
指が絡む。
さっきよりも、ちゃんと恋人の距離。
沈黙。
でも重くない。
テレビはついているけど、誰も見ていない。
湊の親指が、指の付け根をゆっくりなぞる。
意識がそこに集中する。
「遥花さん。」
「ん。」
「さっきの、夢じゃないですよね。」
「夢じゃないよ。」
「よかった。」
少しだけ笑う。
そのまま、もう一度キス。
今度は、ゆっくり。
短く終わらない。
でも、深くはならない。
寸止めみたいに、離れる。
「……なんで止めるの。」
自分でも驚くくらい、素直な声。
湊が目を見開く。
「止めないと、止まらなくなるんで。」
「嫌われたくないんです。」
その一言が、胸に落ちる。
遊びじゃない。
勢いじゃない。
ちゃんと大事にされている。
でも。
それでも。
帰る準備を始める湊を見ると、胸が少しだけきゅっとする。
玄関。
靴を履く。
立ち上がる。
でも、すぐにはドアを開けない。
振り向く。
視線が合う。
数秒。
沈黙。
「……もう一回だけ。」
小さく言う。
今度は遥花から。
袖を掴む。
引き寄せる。
キス。
少しだけ長い。
それだけ。
それ以上はしない。
でも、熱い。
額をくっつけたまま。
「好きです。」
「うん。」
「ちゃんと彼氏やります。」
「宣言?」
「宣言です。」
照れた顔。
そのまま、ぎゅっと抱きしめる。
背中に回る腕が、少しだけ強い。
「今日は帰ります。」
ドアが開く。
冷たい夜の空気が入る。
一歩外に出る。
でも、すぐ振り向く。
「走ってきたの、正解でした。」
ドアが閉まる。
静かな部屋。
唇がまだ熱い。
指先が、まだ温かい。




