25
金曜の夜は、身体が正直だ。
今週は長かった。
クレームの対応で何度も頭を下げ、
後輩のフォローで自分の休憩は削られた。
笑顔を作る筋肉が、少しだけ痛い。
駅のホームで、電車を待つ。
ヒールを脱ぎたい。
肩が重い。
湊からは昼にメッセージが来ていた。
『二次面接通りました。』
短い。絵文字もない。
すぐに返信した。
『おめでとう。』
それだけ。
それ以上は書かなかった。
書けなかった。
“頑張ってるね”は軽い気がして、
“会いたい”は重い気がして。
電車が来る。
窓に映る自分の顔が、少しだけ弱い。
2週間、会っていない。
連絡はある。
途切れていない。
だから、不満はない。
ないはずなのに。
最寄駅で降りる。
改札を抜ける。
無意識に、あの柱を見る。
いない。
分かっている。
今日は金曜。
きっと資料まとめか、面接対策か、バイトか。
期待なんてしていない。
していない、のに。
胸の奥が、少しだけ空く。
マンションが見える。
ほっとする。
同時に、静かな部屋を想像してしまう。
鍵を回す。
ドアを閉める。
部屋の空気は冷たい。
バッグを置いて、ヒールを脱ぐ。
ソファに沈む。
天井を見る。
スマホを手に取る。
開く。
閉じる。
また開く。
トーク画面。
最後のやり取りは、昼の“おめでとう”。
打ち込む。
“今日もお疲れさま。”
消す。
もう言った。
“今何してる?”
消す。
忙しいって知ってる。
指が止まる。
頭が疲れている。
理性が、少しだけ緩む。
ぽつりと。
打ってしまう。
“会いたい。”
指が止まる。
送信ボタンが、やけに遠い。
でも。
今週、何度も思った。
改札で。
キッチンで。
テレビの前で。
一人のソファで。
会いたい。
ただ、それだけ。
送信。
画面に「既読」がつくまでの数秒が長い。
やってしまった。
忙しいのに。
応援する側なのに。
重い。
取り消したい。
取り消せない。
胸がうるさい。
二十秒。
三十秒。
震える。
着信。
湊。
通話。
心臓が喉まで上がる。
出る。
「もしもし。」
少し息が荒い。
『今どこですか。』
「……家。」
『すぐ行きます。』
「え?」
通話が切れる。
数秒、動けない。
何で。
来るの。
忙しいって言ってたのに。
玄関の方を見る。
静か。
心臓の音だけがうるさい。
チャイム。
ほとんど間がない。
ドアを開ける。
目の前に、湊。
髪が少し乱れている。
息が荒い。
頬が赤い。
走ってきたのが分かる。
「……何してるの。」
声がかすれる。
湊は一歩入る。
ドアが閉まる。
鍵の音。
その瞬間。
腕が回る。
迷いなく。
強く。
でも、壊さないように。
ぎゅっと。
息が詰まる。
近い。
胸の鼓動が伝わる。
「……嬉しかったです。」
耳元。
低い声。
少し震えている。
「なにが…?」
分かっているのに、聞く。
「会いたいって。」
否定できない。
言い訳もできない。
湊の腕が、少しだけ強くなる。
「忙しいんじゃなかったの。」
やっと出た言葉。
「忙しいです。」
「でも。」
呼吸を整えながら続ける。
「俺も、会いたかった。」
その一言で。
2週間分の我慢が、ほどける。
自分だけじゃなかった。
一人で削られていたわけじゃなかった。
目の奥が熱くなる。
「重いと思われるかと思って、言わなかった。」
湊が、静かに言う。
「でも、言ってくれたから。」
「走ってきました。」
知ってる。
呼吸が物語ってる。
汗ばんだ手が、少し震えている。
ドアの内側。
二人だけの空間。
腕の中で、やっと気づく。
ああ。
好きなんだ。
否定できないくらい。
静かに、はっきりと。




