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土曜の夕方は、静かだ。

平日の緊張が抜けて、街の音も少し柔らかい。


洗濯物を取り込んで、畳んで、

テレビをつけたままソファに座る。


湊からは朝に一通。

『午前中説明会でした。午後は資料まとめます。』


それだけ。いつも通り。

返信もいつも通り。


『お疲れさま。』


それ以上は書かない。

応援する立場。大人の側。


そう決めている。


なのに。


夕方六時を過ぎたころ、

何度目か分からないくらいスマホを手に取る。


通知はない。


分かっている。


忙しいのだ。


分かっているのに、

土曜というだけで、少しだけ期待してしまう。


そのとき、通知音。


『今からそっち行っていい?』


悠からの連絡を少し間を置いてから返す。


「いいよ。」


今から。


湊も一緒かもしれない。

大学帰りかもしれない。

偶然、なんてことも。


立ち上がりテーブルを整える。

クッションを直す。

鏡を見る。


「……なんで整えてるんだろ。」


チャイムが鳴る。

心臓が一拍、速くなる。


立っていたのは、悠だけ。


「なんだよその顔。」


言われて、気づく。

声が、ほんの少しだけ軽くなっていた。


「別に。」


悠は靴を脱いで上がり、

慣れた様子でリビングに入る。


部屋を一瞥して、言う。


「掃除した?」


「いつもしてる。」


「さっき整えただろ。」


図星。言い返せない。


悠はソファに腰を下ろす。

深く、ゆったりと。


「湊も来ると思った?」


「思ってない。」


即答。

でも、声が少し硬い。


悠はそれを聞いて、目だけで笑う。


「忙しいって言ってたもんな。」


「そう。」


「なのに、ちょっと期待した。」


胸の奥がきゅっと締まる。


改札の柱。

コンビニの前。

駅前の横断歩道。


この一週間、自分が何度見たか。


言われなくても思い出す。


「期待なんてしてない。」


悠はテーブルに置かれたスマホを見る。


「さっきから三回、画面見た。」


「……見てない。」


「見てた。」


淡々と。

ただ事実を置くだけ。

それがいちばん逃げ場がない。


「来るかもしれないって、思ったんだろ。」


否定しようとして、言葉が止まる。


来ないって分かってる。

でも、もしかしたら。

その“もしかしたら”を、無意識に拾っていた。


「会いたいんだろ。」


静かに言う。

ただ、まっすぐ。


「忙しいんだから。」


やっと出た言葉。


「忙しいのと、会いたいのは別だろ。」


その一言が胸の奥に落ちる。


別。

本当に、別だろうか。


キッチンに立つ。

何かしていないと落ち着かない。


「何か食うものある?」


「冷凍餃子。」


「焼いて。」


油を引く。

ジュウ、と音がする。


餃子を持って向かいに座る。


悠は何も言わない。


ただ、こちらを見ている。


「……別に、会いたいわけじゃない。」


小さく言う。

悠は箸を止める。


「言い訳する時、語尾弱くなるよな。」


「うるさい。」


会いたい。


たぶん。


きっと。


認めたくないだけで。


悠は餃子を口に入れながら言う。


「来年、引っ越すかもしれないって話してたな。」


「………うん。」


「遠くなったら、嫌か。」


言葉にできない。

嫌、というほど強いかは分からない。


でも。


今みたいに、土曜の夜に

“来るかもしれない”と思える距離じゃなくなる。





「まあ、言わなくてもいい。

でも自分に嘘つくのは疲れるぞ。」


そう言い残しドアが閉まる。


静かな部屋。

さっきより、ずっと静か。


スマホを手に取りトーク画面を開く。


“今、何してる?”


消す。


“今日、ちょっとだけでも会えない?”


指が震える。


送れない。


画面を伏せる。


「……会いたい。」


今度は、否定しない。


小さく、でもはっきりと。




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