24
土曜の夕方は、静かだ。
平日の緊張が抜けて、街の音も少し柔らかい。
洗濯物を取り込んで、畳んで、
テレビをつけたままソファに座る。
湊からは朝に一通。
『午前中説明会でした。午後は資料まとめます。』
それだけ。いつも通り。
返信もいつも通り。
『お疲れさま。』
それ以上は書かない。
応援する立場。大人の側。
そう決めている。
なのに。
夕方六時を過ぎたころ、
何度目か分からないくらいスマホを手に取る。
通知はない。
分かっている。
忙しいのだ。
分かっているのに、
土曜というだけで、少しだけ期待してしまう。
そのとき、通知音。
『今からそっち行っていい?』
悠からの連絡を少し間を置いてから返す。
「いいよ。」
今から。
湊も一緒かもしれない。
大学帰りかもしれない。
偶然、なんてことも。
立ち上がりテーブルを整える。
クッションを直す。
鏡を見る。
「……なんで整えてるんだろ。」
チャイムが鳴る。
心臓が一拍、速くなる。
立っていたのは、悠だけ。
「なんだよその顔。」
言われて、気づく。
声が、ほんの少しだけ軽くなっていた。
「別に。」
悠は靴を脱いで上がり、
慣れた様子でリビングに入る。
部屋を一瞥して、言う。
「掃除した?」
「いつもしてる。」
「さっき整えただろ。」
図星。言い返せない。
悠はソファに腰を下ろす。
深く、ゆったりと。
「湊も来ると思った?」
「思ってない。」
即答。
でも、声が少し硬い。
悠はそれを聞いて、目だけで笑う。
「忙しいって言ってたもんな。」
「そう。」
「なのに、ちょっと期待した。」
胸の奥がきゅっと締まる。
改札の柱。
コンビニの前。
駅前の横断歩道。
この一週間、自分が何度見たか。
言われなくても思い出す。
「期待なんてしてない。」
悠はテーブルに置かれたスマホを見る。
「さっきから三回、画面見た。」
「……見てない。」
「見てた。」
淡々と。
ただ事実を置くだけ。
それがいちばん逃げ場がない。
「来るかもしれないって、思ったんだろ。」
否定しようとして、言葉が止まる。
来ないって分かってる。
でも、もしかしたら。
その“もしかしたら”を、無意識に拾っていた。
「会いたいんだろ。」
静かに言う。
ただ、まっすぐ。
「忙しいんだから。」
やっと出た言葉。
「忙しいのと、会いたいのは別だろ。」
その一言が胸の奥に落ちる。
別。
本当に、別だろうか。
キッチンに立つ。
何かしていないと落ち着かない。
「何か食うものある?」
「冷凍餃子。」
「焼いて。」
油を引く。
ジュウ、と音がする。
餃子を持って向かいに座る。
悠は何も言わない。
ただ、こちらを見ている。
「……別に、会いたいわけじゃない。」
小さく言う。
悠は箸を止める。
「言い訳する時、語尾弱くなるよな。」
「うるさい。」
会いたい。
たぶん。
きっと。
認めたくないだけで。
悠は餃子を口に入れながら言う。
「来年、引っ越すかもしれないって話してたな。」
「………うん。」
「遠くなったら、嫌か。」
言葉にできない。
嫌、というほど強いかは分からない。
でも。
今みたいに、土曜の夜に
“来るかもしれない”と思える距離じゃなくなる。
「まあ、言わなくてもいい。
でも自分に嘘つくのは疲れるぞ。」
そう言い残しドアが閉まる。
静かな部屋。
さっきより、ずっと静か。
スマホを手に取りトーク画面を開く。
“今、何してる?”
消す。
“今日、ちょっとだけでも会えない?”
指が震える。
送れない。
画面を伏せる。
「……会いたい。」
今度は、否定しない。
小さく、でもはっきりと。




