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鍋がふつふつと音を立てている。
湯気がゆらゆら上がって、窓ガラスが少し曇る。
「白菜こんな入れます?」
「入れる。」
「鍋というより野菜煮込みでは。」
「文句あるなら食べなくていいけど。」
「食べます。」
少しだけ笑う。
湊が一口食べて、うなずく。
「うまい。」
「雑な味付けだけどね。」
「雑じゃないです。家庭的です。」
「ふふ、なにそれ」
テレビもつけず、向かい合って食べる。
ふと、湊が言う。
「説明会、最近増えてきました。」
「もうそんな時期なんだ。」
「はい。春までにある程度絞らないとなんで。」
湊は白菜を箸で押さえながら言う。
真面目な顔。
いつもの軽さの奥に、少しだけ焦りが混じっている。
「志望業界、決めたの?」
「ざっくりは。でもまだ揺れてます。
この辺で見つかれば一番楽なんですけどね。」
「大学も近いし?」
「はい。今のバイト先もそのまま続けられるし。」
「……あと、ここも近いし。」
さらっと付け足す。
湯気の向こうで、視線が一瞬だけ上がる。
「遠かったら?」
自然に出た問いに湊は少し考える。
「引っ越さなあかんかもですね。」
あっさり。
でも、あっさり言い切れない間がある。
「今の部屋、気に入ってるんですけど。」
「そうなんだ。」
「静かやし、大学も近いし。」
「……来やすいですし。」
軽く笑う。
冗談みたいに。
遥花は取り皿を見つめる。
もし遠くなったら
今みたいに仕事終わりにふらっと来ることも、
夜に「鍋でもする?」も、
当たり前じゃなくなる。
「まあ、まだ決まってないんで。」
湊はすぐに空気を戻す。
「内定もらえるかも分からないですし。」
「そんな弱気なの?」
「現実的なんです。」
少しだけ肩をすくめる。
その仕草が、年相応で。
さっきまでの“覚悟の人”とは少し違う。
まだ大学生だ。
まだ、未来は確定していない。
「うまくいくといいね。」
自然に言う。
応援する立場。大人の側。
でも。
その応援の奥に、
ほんの少しだけ、自分勝手な願いが混ざる。
遠くならないで。
言わない。
言えない。
ただ、
引っ越すという単語が
窓ガラスみたいに曇らせる。
湊が何気なく言う。
「もし遠くなったら、ちゃんと連絡します。」
「なにそれ。」
「いや、消えませんよって意味です。」
笑う。
軽い。
軽いはずなのに。
消えるかもしれない未来を想像した瞬間、
胸の奥が、きゅっとなる。
それを誤魔化すみたいに、
鍋の蓋を開ける。
湯気が一気に広がる。
今は、あたたかい。
でも。
このあたたかさが、ずっと同じとは限らない。
その可能性が、
静かに、胸のどこかに残る。




