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呼吸の音が、さっきまでと違う。
「……っ、あ……」
抑えようとしているのが分かる。
でも抑えきれてない。
その声を聞くたび、胸の奥が軋む。
なんで。
なんで遥花さんが。
代われるなら代わりたい。
本気でそう思う。
でも、できるのは手を握ることだけ。
「大丈夫です」
言いながら、自分が一番大丈夫じゃない。
「遥花さん、呼吸、吐いて」
握った手に力が入る。
指が痛いくらい。
でも離さない。
離せない。
助産師さんの声。
「いいよいいよ、その調子〜」
「もうすぐだよ〜、頭出てるからね」
もうすぐ。
その“もうすぐ”が、永遠みたいに長い。
「……っ、湊……」
名前を呼ばれる。
泣きそうになる。
「います」
声が震える。
「いますから」
遥花さんの額に汗が滲む。
涙も滲んでる。
でも目は、ちゃんと前を向いてる。
強い。
こんなに強い人だったのか。
「もう一回いきむよ〜」
「吸って、大きく吐いて、はい!」
遥花さんが力を込める。
声が、抑えきれてない。
胸が締め付けられる。
「大丈夫です」
何度も言う。
「大丈夫です、もう少しです」
自分に言い聞かせるみたいに。
そして――
ふっと、空気が変わった。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
産声。
小さくて、でも確かな声。
世界が、止まる。
「おめでとうございます」
助産師さんの明るい声。
「12月20日、0時16分。元気な女の子よ。頑張ったわね」
……20日?
頭が追いつかない。
「……20日?」
思わず口に出る。
遥花さんが、かすれた声で笑う。
「20日……ふふ」
息を整えながら。
「日付変わってすぐなんて……待ってたのかな」
その言葉で、やっと理解する。
12月20日。
俺たちが、恋人になった日。
記念日。
その日付に、産まれた。
胸の奥が熱くなる。
視界が滲む。
たぶん、ないてる。
助産師さんが、小さな体を見せてくれる。
赤くて、しわくちゃで、
でも、ちゃんと指があって、
ちゃんと、ここにいる。
「……ありがとう、ございます」
誰に言ってるのか分からない。
遥花さんを見る。
力を使い切った顔。
でも、柔らかく笑っている。
「湊」
「はい」
「家族、増えたね」
喉が詰まる。
「……はい」
握っていた手を、そっと包み直す。
俺たちの記念日が、
家族の日になった。
12月20日。
二人だった日が、
三人になった日。
この先も、きっと毎年、
思い出す。
あの夜の声と、
最初の産声を。




