表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/114

17





マグカップの底がみえる。

指先に残るぬくもりが、まだ消えない。


ふと、自分の匂いに気づく。

汗と、外気と、恐怖の残り香。


「……シャワー、浴びてくる。」


立ち上がると、湊が顔を上げる。


「はい。」


それだけ。

余計な言葉はない。

視線も追ってこない。


浴室のドアを閉める。

鍵の音がやけに響く。


シャワーをひねる。

水音が、世界を切り離す。


肩に当たる湯が、さっきの震えを思い出させる。


家の前で、声をかけられた瞬間。

逃げ場のない距離。


そして。


温もり。

迷いなく回された腕。


「外側で終わらせへん。」


湯気の中で、言葉が反芻される。


鏡に映る自分。


目が赤い。

泣きすぎた顔。


大人のくせに、と思う。

でも同時に、少しだけ軽い。


崩れても、消えなかった。


湯を止める。深呼吸。


タオルで髪を拭きながら、ふと思う。


リビングに湊がいる。

それが、まだ少し不思議だ。





「遅くなりました。」


「いえ。」


視線が合う。

一瞬、逸らす。

心臓がまた少しだけ速い。


「……湊もシャワー浴びる?」


自分で言ってから、少しだけ驚く。

自然に出た。


「いいんですか。」


少し目が丸くなる。


「着替え、悠のでよければ。」


言ったあとで、くすっと笑う。

悠の部屋着はサイズがちょうどいい。


湊が一瞬迷ってから、うなずく。


「借ります。」


浴室のドアが閉まる。

今度は私がリビングに一人。


でも、さっきの一人とは違う。

水音が向こうから聞こえる。


生活の音。

安心の音。


数分後、ドアが開く。


「ありがとうございます。」


律儀に頭を下げる。

その姿が、妙に可笑しい。


「袖、ちょっと短かったね。」

思わず言うと、湊が少しだけ照れる。






ドライヤーを手に取ると湊が立ち上がる。


「貸してください。」


「え?」


「やります。」


当然みたいな顔。

一瞬、迷う。


近い。


でも。


さっき抱きしめられた距離より、軽い。


椅子に座る。

背後に立つ気配。

温風が当たる。

指先が、髪をすくう。


優しい。

必要以上に触れない。

でも、丁寧。


耳の近くで、低い声。


「まだ少し震えてます。」


気づいてる。


「……ばれた?」


「はい。」


少しだけ笑う気配。


温風が止まる。


指先が、最後に軽く整える。


「乾きました。」


振り向く。


距離が近い。


でも、触れない。


触れないから、余計に意識する。


「……ありがとう。」


言うと、湊がうなずく。


その顔が、少し大人に見える。





電気を消す前、


「間に合って、よかった。」


湊の小さい呟き。


灯りが消える。


同じ空間に、呼吸が二つ。

怖さはまだある。


でも。


今夜は。


一人じゃない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ