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いつからだろう。
「ちょっと強い」だったのが、
「……あ、きた」になって、
気づけば、呼吸を整えないとやり過ごせなくなっていた。
波がくる。
腰の奥が、ぎゅうっと締め付けられる。
「……っ」
声が漏れそうになる。
「呼吸、吐いてください」
隣で湊が言う。
さっきから、ずっと同じ調子で。
でも声が、少し震えている。
「ふー……っ」
吐く。
吸う。
吐く。
さっきより、確実に長い。
終わるまで、時間がかかる。
終わると、どっと汗が出る。
「大丈夫ですか」
湊の顔を見る。
真っ青。
なんでそんな顔してるの。
思わず、少し笑ってしまう。
「なに笑ってるんですか」
「湊のがつらそう」
よく見ると目が潤んでいる。
「泣いてる?」
「泣いてません」
でも、声が詰まる。
また波がくる。
「……っ」
今度は強い。
ベッドの柵を握る。
「腰……」
すぐ後ろから、ぎゅっと押してくれる。
「ここですか」
「うん……そこ」
呼吸が乱れる。
痛い。
でも、怖いより、
“いよいよだ”のほうが大きい。
助産師さんが入ってくる。
「だいぶ強くなってきましたね〜」
「子宮口、7センチくらいかな」
7。
一気に現実味が増す。
「もう少ししたら分娩室行きましょうね」
分娩室。
その言葉に、胸がどくんと鳴る。
波がくる。
今までより、深い。
「……っ」
涙が滲む。
痛い。
でも、もう止まらない。
「遥花さん」
湊が手を握る。
その手も、少し汗ばんでる。
「いますから」
短い。
けどそれだけで、十分。
助産師さんが言う。
「じゃあ移動しましょうか」
ゆっくり体を起こす。
足が少し震える。
湊がすぐ支える。
「大丈夫ですか」
「うん……」
廊下を歩く。
ゆっくり。
一歩ずつ。
波が来るたび立ち止まる。
「吸って、吐いて」
湊の声が、すぐそばにある。
分娩室の扉が開く。
消毒の匂い。
いよいよ。
ベッドに横になる。
湊が横に立つ。
手を、強く握る。
「立ち会いでいいですか?」
助産師さんが聞く。
「もちろんです」
湊を見ると
やっぱり、泣きそうな顔。
「大丈夫」
私が言う。
次の波が来る。
「んっ…はぁ……」
湊の手を、思いきり握る。
「一緒です」
その言葉と同時に、
本番が、始まった。




