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病室の時計の針が、やけにゆっくり動いている。
今は、だいたい7分。
アプリの画面を何度も確認する。
「……縮まってますね」
「うん」
遥花さんは、ベッドに横になったまま穏やかに頷く。
まだ普通に話せる。
でも、波が来ると目を閉じる。
さっきより、少しだけ長い。
「橘さんどうですか〜」
助産師さんが明るく入ってくる。
「あら、旦那さん?」
こちらを見る。
「くるの早いねえ」
「橘さん愛されてますねぇ」
遥花さんが小さく笑う。
「仕事中だったのに」
「当然です」
助産師さんがくすっと笑う。
「うん、まだ大丈夫そう。
初産だし、ゆっくり進むからね。また見にきますね」
3センチ。
まだ半分以下。
分かってる。
でも、体感はもう十分“始まっている”。
扉が閉まる。
病室が静かになる。
遥花さんが、少し照れた顔で言う。
「愛されてるって」
「事実です」
言ってから、自分で恥ずかしくなる。
遥花さんが笑う。
その瞬間。
「あ……きた」
声のトーンが変わる。
すぐ立ち上がり近づく。
「どこ痛いですか」
「……腰、かな」
腰。
すぐ後ろに回る。
両手で、そっと押す。
「ここですか」
「うん、そこ」
呼吸が少し浅い。
「ふー……」
「ゆっくり吐いてください」
自分も一緒に呼吸する。
「吸って、吐いて」
「あは、先生みたい」
「真剣です」
でも、手は少し震えている。
次の波がくる。
「……っ」
さっきより長い。
「大丈夫です」
自分に言い聞かせるみたいに。
遥花さんが、小さく笑う。
「湊のが緊張してる」
「してません」
してる。
アプリを見る。
6分半。
確実に縮んでいる。
時間が進むたび、現実が近づく。
「痛み、強くなってます?」
「うん、ちょっとだけ」
ちょっとだけ。
その“ちょっと”が、どれくらいか分からない。
また波が来て、腰を押す。
「ここですか」
「うん……そこ」
指に力を込める。
強すぎないように。
でも弱すぎないように。
呼吸を合わせる。
静かな午後。
まだ外は明るい。
でも、確実に夜へ向かっている。
「湊」
「はい」
「そばにいてね」
心臓が跳ねる。
「います」
5分間隔になったら、きっと次の段階。
まだ。
まだ少し余裕はある。
でも、もう戻らない。
遥花さんの腰をさすりながら、時計を見つめた。




