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最初は、本当に“違和感”だった。
お腹が、きゅうっと丸くなる。
痛い、というより、張る。
「ん?」
時計を見る。
11:58。
数十秒で自然におさまる。
予定日から一週間。
最近は張りも増えてたし、気のせいかもしれない。
立ち上がって水を飲む。
普通に歩ける。
12:08。
また、きゅっと張る。
……あれ?
スマホを手に取る。
メモに時間を打つ。
11:58
12:08
ちょうど10分。
偶然かも。
深呼吸。
12:18。
また、同じ感じ。
痛いわけじゃない。
でも、規則的。
お腹が硬くなって、ゆっくり戻る。
ドクン、と心臓が鳴る。
「……まさか」
まだ声は震えていない。
でも、指先が少し冷たい。
もう一度、間隔を確認。
12:28。
また10分。
間違いない。
これ、陣痛かも。
でも。
全然耐えられる。
むしろ拍子抜けするくらい。
“出産”って、もっと劇的だと思ってた。
静かすぎる。
怖いくらい、静か。
病院の指示は
「10分間隔になったら連絡」
今、なっている。
でもまだ痛くない。
電話する?
少し迷う。
12:38。
また同じ張り。
よし。
スマホを握る。
湊にメッセージを打つ。
《陣痛きたかも。タクシーで病院向かうね》
送信。
深呼吸。
怖い、というより。
現実味が、急に増した。
病院に電話。
「間隔は?」
「10分くらいで、まだ痛みは強くないです」
「それなら来てくださいね。
初産ですし、まだ時間かかりますよ〜」
やっぱり。
時間かかる。
バッグは用意してある。
何度も確認した。
玄関で靴を履く。
普通に立てる。
普通に歩ける。
でも、次の波が来ると、お腹がきゅっと丸くなる。
「あ、きた」
独り言みたいに呟く。
まだ、笑えるくらい。
タクシーの中。
景色がやけに鮮明。
呼吸も乱れていない。
ただ、一定のリズムでやってくる張り。
病院に到着し、すぐ内診。
「子宮口、3センチですね」
思ったより進んでる。
「初産ですし、まだまだですよ〜。
病室でゆっくりしててくださいね」
まだまだ。
ベッドに横になる。
天井が白い。
静か。
張りは続いているけど、会話できる。
スマホを見る。
既読。
《今向かってます》
思わず笑ってしまう。
そんなに急がなくてもいいのに。
廊下を走る足音。
勢いよくドアが開く。
「……遥花さん」
スーツのまま、息を切らした湊。
顔が本気。
「早いよ」
笑う。
「まだ全然大丈夫」
次の張りがくる。
「今きた」
湊の手を握る。
「……これが?」
「うん。でも痛くない」
湊が真剣に頷く。
「俺、います」
まだ、嵐の前。
12月19日、正午。
静かに、始まった。




