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カレンダーを見るの、今日で何回目だろう。
予定日から、七日。
赤い丸がやけに目に入る。
「……遅過ぎません?」
自分でも分かる。
同じこと三回は言ってる。
ソファに座っている遥花さんが、苦笑する。
「何が?」
「全部です」
「予定日前後二週間くらいは正常って
調べたんでしょ?」
痛いところを突く。
「……調べましたけど」
「ほら」
遥花さんが、ゆっくりお腹をさする。
「触って」
一瞬、躊躇する。
でもすぐ近づいて両手で包む。
大きくなったお腹。
前よりずっと重みがある。
静かに待つ。
ぽこ、と小さく動く。
「……今」
「今日も元気」
遥花さんが笑う。
「だから大丈夫だって」
理屈では分かっている。
医師も言っていた。
焦らなくていい、と。
でも。
もし何かあったら。
もし、自分が気づけなかったら。
「一回、病院行きません?」
「昨日も行ったよ?」
「もう一回」
「湊」
名前を呼ばれる。
少しだけ叱るような声。
「不安なのは分かるけど」
「……分かってないです」
自分でも驚くくらい、弱い声。
遥花さんが、ゆっくり私を見る。
「怖いんです」
喉が詰まる。
「遅れてるのが?」
「全部です」
予定日が過ぎてから、頭の中がずっとざわざわしている。
ネットの記事がよぎる。
“胎盤機能低下”
“過期産”
消したはずの言葉が戻ってくる。
「湊」
「この子、元気だよ」
ぽこ、とまた動く。
確かに。
ここにいる。
「予定日は目安だって、先生も言ってたでしょ?」
「……はい」
「焦らなくていいの」
静かな声。
「でも」
「湊がそんな顔してたら、赤ちゃんびっくりしちゃうよ」
はっとして深呼吸する。
お腹に触れたまま、ゆっくり息を吐く。
「……すみません」
「謝らなくていいよ」
少し笑う。
「過保護なの、今だけの特権だもんね」
「今だけじゃないです」
即答してしまう。
遥花さんが吹き出す。
「ずっと?」
「ずっとです」
言ってから、少し恥ずかしい。
でも、撤回はしない。
ぽこ、とまた動く。
「ほら」
「はい」
目を閉じる。
ちゃんといる。
ちゃんと動いている。
それだけで、胸が少し軽くなる。
「もう少し、待ってみよ」
遥花さんが言う。
「はい」
予定日は、ただの日付。
この子が選ぶ日が、本当の誕生日。
分かってる。
分かってるけど。
カレンダーの赤丸から、まだ目が離せない。
もう一度、お腹に手を当てた。
「……急がなくていいですけど」
小さく呟く。
「そろそろ、会いたいです」
その言葉に、お腹の中が、くすっと笑うみたいに動いた。




