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「……湊」
「はい」
「そこまでしなくていい」
玄関で、壁に手をつく。
湊はしゃがみ込んで
私のスニーカーの紐を結んでいる。
「転んだら困ります」
「結べるよ」
「お腹大きいでしょう」
確かに見えにくいけど。
「紐くらい大丈夫」
「ダメです」
結び終わって、満足そうに立ち上がる。
「よし」
よし、じゃない。
「……過保護」
「当然です」
当然らしい。
最近ずっとこれ。
階段では必ず一段下。
スーパーではカートを奪われる。
重いもの持とうとすると無言で回収される。
「持てるよ」
「持たなくていいです」
「軽いよ?」
「軽くないです」
冷静な顔で言い切る。
「湊」
「はい」
「私、病気じゃないからね」
「分かってます」
分かってない。
駐車場。
車に乗るときも、
「足元気をつけてください」
「ゆっくりでいいです」
「ドア挟まないでください」
挟まない。
家に帰っても。
「寒くないですか?」
「暑くないですか?」
「お腹張ってないですか?」
「今、何分立ってました?」
カウントされてる。
夜中トイレに起きると、横の布団が動く。
「……どこ行くんですか」
「トイレ」
「ついていきます」
「いや、いいよ」
「暗いです」
廊下の電気つけてくれる。
ありがたいけど。
「私、ひとりで行ける」
「知ってます」
「じゃあ寝てて」
「無理です」
なんで。
布団に戻ると、そっと背中に手が回る。
「湊」
「はい」
「そんなに心配?」
少し黙る。
それから、ぽつり。
「はい」
ちょっと笑う。
「何がそんなに?」
「全部です」
「転ばないかとか、急に具合悪くならないかとか、俺がいないときに何かあったらとか」
「大丈夫だよ」
「それ、皆言います」
「私も言う」
「信用してないわけじゃないです」
「でも?」
「でも、俺ができることは全部やります」
まっすぐな目。
過保護というより、必死。
お腹にそっと手を当てる。
「ほら」
「はい」
「蹴った」
湊の目が一瞬で変わる。
「……今?」
「今」
何回目でも驚く。
「すごいですね」
さっきまでの過保護顔が、ふにゃっと崩れる。
「ちゃんと、いる」
「いますね」
「もうすぐだね」
「はい」
十一月の空気は冷たい。
でも、家の中はあたたかい。
「湊」
「はい」
「過保護なの、ちょっとだけ嬉しい」
ほんの少し照れた顔。
「ちょっとだけ?」
「ちょっとだけ」
湊は小さく息を吐いて、私の額に軽く触れた。
「じゃあ、ちょっとだけ続けます」
やっぱり続けるらしい。
私は笑いながら、湊の腕の中で目を閉じた。
もうすぐ。
本当に、もうすぐ。




