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隣から規則正しい寝息がきこえる。
遥花さんは、最近よく眠る。
横向きに丸くなって、
無意識にお腹をかばう姿勢。
その背中を見てから、そっと布団を抜けた。
テーブルの上には、広げたままの名前辞典。
ページの端に、付箋がいくつか。
“遥”
“花”
“陽”
指でなぞる。
まだ決まってない。
決められるほど、確信もない。
スマホを手に取る。
少し迷ってから、検索。
「妊娠中期 流産 確率」
出てくる数字。
“安定期と呼ばれるがゼロではない”
喉が乾く。
スクロール。
“母体のせいではない”
“原因不明なことも”
画面を消す。
意味がない。
分かってる。
それでも、見てしまう。
今日、遥花さんは笑っていた。
両親に報告して、
名前を考えて、
くすくす笑って。
その笑顔が、急に遠くなる想像をしてしまう。
強く、目を閉じる。
父の声が浮かぶ。
「覚悟はできとるんやろな」
あのときは、迷わず「はい」と言えた。
今も言える。
でも。
“覚悟”と“不安”は別だ。
守るって、具体的に何だ。
仕事を頑張ることか。
側にいることか。
全部か。
足りなかったら。
もし、自分がいないときに何かあったら。
呼吸が浅くなる。
そのとき。
背後で小さな足音。
「……湊?」
振り向く。
眠そうな目の遥花さん。
「起きちゃいました?」
「ん……いないから」
その一言で、胸が締め付けられる。
「すみません。ちょっと水」
嘘だ。
でも、半分は本当。
遥花さんが近づく。
お腹に手を当てながら。
「大丈夫だよ」
何も聞いてないのに、そう言う。
分かってる。
顔に出てたんだろう。
「安定期入ったし」
「分かってます」
「怖い?」
言葉が詰まる。
遥花さんが、手を取る。
お腹の上に重ねる。
「一緒に、だよ」
あたたかい。
まだ小さい命。
でも、確かにここにいる。
「守れますよ」
自分に言い聞かせるみたいに呟く。
遥花さんが笑う。
「守るの、私も一緒だからね」
少しだけ、肩の力が抜ける。
強くならなきゃいけないと思ってた。
でも。
二人で強くなればいいのかもしれない。
「……寝よ?」
「はい」
寝室に戻る。
布団に入ると、遥花さんが自然に寄ってくる。
お腹をかばうように、でも安心するみたいに。
その体温を感じながら、そっと息を吐く。
不安は消えない。
でも。
隣にある温もりが、ちゃんと現実だ。




