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診察室は、前より少しだけ落ち着いてみえる。
機械の音も、先生の声も。
「順調ですね」
その一言で、肩の力が抜ける。
「十六週です」
十六。
その数字が、やけに重い。
横を見ると遥花さんがほっとした顔をしている。
泣きそうではない。
今日は、ちゃんと笑っている。
エコー写真を封筒に入れてもらう。
前より、はっきりしている。
人の形。
ちゃんと、いる。
「……やっとですね」
気づいたら口に出ていた。
遥花さんがこちらを見る。
「うん」
少しだけ、目が潤む。
「まだ油断はできませんけど」
習慣みたいに言うと、遥花さんが笑う。
「過保護」
「否定しません」
病院を出る。
空が高い。
季節が少し進んでいる。
「安定期、入れたってことだよね」
確認するみたいに言う。
「そうですね」
言葉にすると、現実味が増す。
ここまで、長かった。
毎日、顔色を見て。
食べられるものを探して。
夜中に吐いて。
不安になって。
それでも、今日まで来た。
「報告、どうします?」
歩きながら聞く。
遥花さんが少し考える。
「そろそろ、いいかな」
頷く。
「二人だけの秘密、終わりですね」
「寂しい?」
少し茶化す声。
「ちょっと」
本音。
でも。
「でも、みんなに言えるのは嬉しいです」
遥花さんが、そっとお腹に触れる。
前より少しだけ、ふくらみが分かる。
「頑張ったね」
その言葉が、自然に出た。
誰に向けたのか、自分でも分からない。
遥花さんか。
お腹の中か。
それとも、自分たちか。
「湊」
「はい」
「ここまでありがとう」
足が止まる。
「俺、何もしてません」
「してるよ
ずっと一緒にいてくれた」
胸が、じわっと熱くなる。
守るつもりでいたのに。
結局、支えられている。
「……まだ始まったばっかりです」
そう言いながら、手を伸ばす。
自然に、指が絡む。
「父親、やれますかね」
ぽつりと漏らす。
本音。
遥花さんが、少し笑う。
「一緒にやるんでしょ?」
その一言で、十分だった。
「はい」
空を見上げる。
十六週。
やっと、少しだけ安心できる数字。
でも。
本当の“内側”は、これから。
隣の温もりを確かめるみたいに
少しだけ強く手を握った。




