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帰り道、ずっと手を繋いでいた。
どちらからともなく。
離す理由が、なかった。
家に着いて、ソファに並んで座る。
さっきまでの現実が、まだ身体に残っている。
「報告、どうしようか」
自分の声が、少し浮いている。
両親。
職場。
母の顔が浮かぶ。
湊のご両親も。
きっと、喜ぶ。
でも。
湊は少しだけ間を置いて言った。
「もう少し様子みませんか」
「……湊?」
その声が、やけに真面目で。
私は顔を上げる。
湊はまっすぐ、私を見ている。
「遥花さん、怖いんですよね?」
一瞬、息が止まる。
図星。
「妊娠初期の流産は母体のせいじゃないって読みました」
読みました、って。
絶対、検索してたでしょ。
「もし、何かあっても遥花さんのせいじゃないです」
言い切る。
強く。
「うん……」
喉が詰まる。
分かってる。
知識としては、知ってる。
でも、もしそうなったら、きっと自分を責める。
湊はそれを、先に塞いでくれる。
「遥花さんが怖いなら、
暫くは二人だけの秘密にしましょう?」
その言葉で、何かが崩れた。
涙が、ぽろっと落ちる。
「あれ」
笑おうとするのに、止まらない。
「なんで泣くんですか」
湊が少し慌てる。
「わかんない……」
本当に、分からない。
嬉しいのもある。
怖いのもある。
でも。
守られてるって実感が、たぶん一番大きい。
「秘密、ってさ」
涙を拭きながら言う。
「なんか、いいね」
湊が小さく笑う。
「共犯みたいですか」
「ちがう」
笑いながら首を振る。
「ふたりの宝物みたい」
その言葉を言った瞬間、また涙が溢れる。
「……情緒不安定なのかな」
「妊婦さんは情緒が安定しないって読みました」
思わず笑ってしまう。
お腹に手を当てる。
まだ、何も感じない。
でも。
ここにいる。
「湊」
「はい」
「もし、何かあっても」
言葉を選ぶ。
怖いけど。
「また、待ってくれる?」
「当たり前です」
迷いがない。
「何回でも」
胸がぎゅっとなる。
涙が、止まらない。
「ずるい……」
「何がですか」
「そんなこと言われたら、もっと好きになるじゃん」
湊が、珍しく照れた顔をする。
「……今更です」
その顔に、また笑う。
ソファに少し身体を預ける。
自然と、湊の肩に触れる距離。
「じゃあ、しばらくは」
「はい」
「ふたりだけの秘密ね」
「はい」
静かな夜。
世界はまだ知らない。
でも、確かに始まっている。
涙で滲む視界の向こうで、
未来が、そっと息をしている気がした。




