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「有給、取りました」


朝、真剣な顔の湊


「え、なんで?」


「病院、今日ですよね」


当たり前みたいな顔。


「一人で行けるよ?」


「行かせません」


その言い方が、ずるい。


駅までの道。


いつもより、歩幅が合っている。


繋いだ手は少し汗ばんでいる。


病院の待合室は、少し暖房が強い。


妊婦さんらしき人たち。


お腹が丸い人。


付き添いの男性。


――ああ、ここなんだ。


現実が、急に濃くなる。


受付を済ませて、番号札を握る。


指先が冷たい。


もし、勘違いだったら。


もし、まだ確認できなかったら。


もし。


横を見る。


湊は、落ち着いている。


膝の上で、指を組んでいるだけ。


でも。


親指が、わずかに動いている。


緊張してる。


私より、たぶん。


「ごめんね」


小さく言う。


「何がですか」


「仕事、休ませちゃって」


「休みたかったんです」


少しだけ、安心する。


番号が呼ばれ心臓が跳ねる。


立ち上がろうとしたら、足が少し重い。


そっと、手を取られた。


「行きましょ」


強くない。


でも、離さない。


診察室の前。


先生の声。


椅子に座り症状を説明する。


「検査薬で陽性が出まして」


自分の声が、やけに遠い。


先生が頷く。


「では、確認してみましょうね」


カーテンの向こうへ案内される。


湊は、椅子の横に立つ。


いつもなら、ここで一人かもしれない。


でも今日は、隣にいる。


それだけで、泣きそうになる。


天井を見上げる。


深呼吸。


機械の音。


先生の、落ち着いた声。


一瞬の沈黙。


心臓が止まりそうになる。


「ここ、わかりますか?」


先生の声。


「まだ小さいですが、ちゃんといますね」


世界が、静かになる。


涙が、勝手にこぼれる。


横を見ると湊が固まっている。


目が、赤い。


「……ほんまに」


小さく、呟く。


先生が微笑む。


「おめでとうございます」


その言葉で、やっと実感が押し寄せる。


本当に。


中にいる。


診察室を出たあと廊下で立ち止まる。


湊が、ゆっくりこちらを見る。


何か言おうとして、言葉が出ない。


代わりに、額を軽く寄せてくる。


人目があるのに。


でも、そんなのどうでもよくなる。


「遥花さん」


声が震えている。


「ありがとうございます」


笑ってしまう。


「だからなんで」


「俺を、父親にしてくれて」


その一言で、また涙が出る。


怖い。


でも。


一人じゃない。


手を握り返す。


「一緒だよ」


そう言ったら、湊が小さく笑った。


帰り道。


空がやけに明るい。


世界は何も変わっていないのに。


全部、違って見える。


お腹に、そっと手を当てる。


まだ何も分からない。


でも、確かに、ここにいる。




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