160
ドアが、ゆっくり開く。
遥花さんの泣きそうな顔。
「み、みなと……」
声が震えている。
胸が、ぎゅっと縮む。
違ったのか。
期待させてしまったか。
どう声をかける。
何て言えばいい。
一瞬で考える。
でも次の言葉が、全部止まる。
「線、ある……」
「……え」
聞き間違いかと思った。
「ちゃんと、2本、ある……」
時間が止まる。
二本。
二本って。
陽性。
理解が、数秒遅れて追いつく。
「……ほんま、ですか」
自分の声が、遠い。
遥花さんが、こくんと頷く。
手の中のスティックを、震える指で見せる。
細い線。
確かに、二本。
頭が真っ白になる。
嬉しいとか、怖いとか、感情が整理できない。
ただ。
胸の奥が、どくどく鳴ってる。
一歩、近づく。
気づいたら、抱きしめていた。
強く。
でも、壊さないように。
遥花さんが小さく息を漏らす。
「あ……ごめ……」
緩めようとした瞬間、
ぎゅっと、抱き返される。
「ほんとに……?」
涙混じりの声。
「俺が聞きたいです……」
笑っているのに、喉が詰まる。
遥花さんの髪の匂い。
体温。
全部、いつも通りなのに。
中に、命があるかもしれない。
言葉が出ない。
何を言えばいい。
おめでとう?
ありがとう?
違う。
今は。
ただ、腕の中の重みを感じる。
遥花さんが、くしゃっと泣き笑う。
「早すぎるよね」
「……奇跡かもしれん」
自分でも気づかないくらい、感情が揺れてる。
「怖いですか?」
小さく聞く。
「うん……ちょっと」
「俺もです」
正直に言う。
でも。
「でも、嬉しいです」
はっきり。
「めちゃくちゃ」
腕に力が入る。
「俺ら、ちゃんと始まったんですね」
遥花さんが、また泣く。
「始まったね……」
額を寄せる。
笑って、泣いてる。
ぐちゃぐちゃ。
でも、確かに。
二人の間に、新しい未来がある。
「病院、行きましょう」
「うん」
「まだ確定ちゃいますし」
「うん」
「でも」
一瞬、言葉を選ぶ。
「……ありがとう」
遥花さんが、目を丸くする。
「なんで」
「選んでくれて」
一緒に進むこと。
怖いのに、踏み出してくれたこと。
全部。
遥花さんは、泣きながら笑う。
「一人じゃないね」
胸が、きゅっとなる。
湊はもう一度、静かに抱きしめた。
今度は、さっきより優しく。
壊れ物を包むみたいに。




