表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/182

158




《食欲ないかも、ゼリーとか欲しい》


画面を見た瞬間、嫌な汗がにじんだ。


食欲ない。


遥花さんが?


ほとんど聞いたことがない。


《すぐ帰ります》


送ってから、歩く速度が自然と速くなる。


頭の中で、勝手に悪い方向へ転がる。


体調悪いか聞いたときの、あの曖昧な返事。


顔色。


目の下。


もしかして。


病院、もう行った?


俺に言ってないだけで。


何か、重い病気だったら?


――やめろ。


考えるな。


信号が赤になる。


舌打ちしそうになるのを堪える。


ゼリーとスポーツドリンクを掴んで、レジに急ぐ。


鍵を開ける手が、少しだけ震えている。


「ただいま」


「……おかえり」


ソファに座る遥花。


笑ってるけど、元気じゃない。


すぐ隣に座る。


「食欲ないって大丈夫なんですか?病院とか」


遥花の視線が揺れる。


その一瞬で、心臓が嫌な音を立てる。


気まずそう。


隠してる?


「……なんかありました?」


声が少し低くなる。


自分でも分かる。


焦ってる。


遥花は、少しだけ息を吸って。


「まだ、わかんないんだけど」


その言い方が、余計に怖い。


「その……吐き気が、あって……」


「え」


一瞬、頭が真っ白になる。


吐き気。


病気。


胃?


腸?


まさか、手遅れとかじゃ――


「前にも遅れたことあったじゃん?」


遅れた?


「だから今回もそうかもって思うんだけど」


そこで、やっと。


意味が繋がる。


遅れた。


吐き気。


一ヶ月前。


“二人で進もっか”って言った夜。


鼓動が、どくんと跳ねる。


「……」


言葉が出ない。


遥花の目に、涙がにじむ。


「でも、違うかもしれないし」


声が震える。


「期待して違ったら、嫌だし」


ああ。


怖いのは、そっちか。


ゆっくり息を吐く。


さっきまでの最悪の想像が、全部霧みたいに消える。


代わりに、別の現実味。


「……いつから」


やっと出た声は、思ったより落ち着いていた。


「今日、朝。急に気持ち悪くて」


「病院は」


「行ってない。まだ早いかもって」


でも。


可能性は、ある。


喉が乾く。


嬉しい?


怖い?


どっちもだ。


遥花の涙が、一粒落ちる。


「ごめん、変なこと言って」


「謝らんでください」


「もし違っても」


ゆっくり、言葉を選ぶ。


「それは、それです」


「俺ら、始めたばっかりでしょう」


手を伸ばす。


そっと、遥花の手を包む。


冷たい。


「一回でうまくいく方が、奇跡です」


それは現実。


でも、冷たくないように言う。


「ほんで」


「ほんまやったら」


一瞬、言葉に詰まる。


心臓がうるさい。


「……嬉しいです」


やっと、言えた。


遥花が、顔を上げる。


不安と、期待と、涙。


全部混ざった顔。


「でも」


指に力を込める。


「確定するまでは、振り回されんようにしましょ」


自分に言い聞かせるみたいに。


「一人で抱えんといてください」


遥花の目から、また涙が落ちる。


「怖くて」


「はい」


「期待しちゃって」


「はい」


「違ったらどうしようって」


その言葉を最後まで聞いて。


湊は、静かに額を寄せた。


「違っても」


「また一緒に待つだけです」


それだけ。


大きな約束はしない。


でも、離れない。


遥花が小さく頷く。


部屋は静か。


まだ、何も確定していない。


それでも。


二人の間に、確かに“何か”が生まれている気がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ