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玄関のドアが閉まる音。


「いってらっしゃい」


少し掠れた声だった気がする。


湊は一瞬振り返ったけど

何も言わずに笑って出ていった。


優しい顔。


――体調悪いです?


そう聞かれたとき、うまく答えられなかった。


悪い、ってほどじゃない。


でも、変。


ベッドに戻る。


布団に沈むと、体が妙に重い。


昨日ちゃんと寝たはずなのに。


「……疲れかな」


目を閉じる。


胃のあたりがじわっと気持ち悪い。


空腹とも違う。


食べ過ぎでもない。


むかむか、というより、内側から波が上がってくる感じ。


深呼吸。


落ち着け。


その瞬間。


ぐっと、込み上げる。


「っ……」


慌てて起き上がりトイレに駆け込む。


吐くほどじゃない。


でも、喉の奥までせり上がってくる。


便座に手をついて、しばらくじっとする。


冷たい床。


静かな家。


時計の音だけが響いている。


「……え」


ゆっくり、顔を上げる。


心臓が、どくんと鳴る。


まさか。


頭の中に浮かぶのは、あの夜。


“二人で進もっか”って言った夜。


でも。


「まだ一ヶ月だよ?」


早すぎる。


そんな、ドラマみたいに。


指折り数える。


生理予定日。


……確かに、遅れてる。


でも。


前も遅れたことあった。


仕事が忙しかったとき。


ストレスで乱れたこともある。


「その時は、こんな吐き気なかった……」


ぽつりと、声が落ちる。


胸が、ざわざわする。


期待?


怖さ?


どっちもある。


「ほんとに……?」


口に出した瞬間、涙がにじむ。


嬉しい、とはまだ言えない。


だって、違ったら。


期待して、違ったら。


その落差が、怖い。


でも。


もし、ほんとだったら。


湊は、どんな顔するだろう。


あの人、きっと一瞬固まる。


それから、真面目な顔して。


「ほんまですか」


って、確認して。


それから。


……ちょっと、笑う。


想像したら、胸がぎゅっとなる。


便座の蓋を閉めて、床に座り込む。


まだ、誰にも言えない。


まだ、確信もない。


「落ち着こ」


深呼吸。


とりあえず。


今日は、何もしない。


湊には、言わない。


まだ。


検査薬……買う?


いや、でも。


早すぎるかも。


頭の中がぐるぐるする。


期待しないように、必死にブレーキをかける。


でも。


心の奥で、小さな声。


――いたら、いいな。


そっと、お腹に手を当てる。


何も変わらない。


でも、なんだか違う。


静かな家の中。


遥花は、ひとり

その可能性を抱えたまま、動けずにいた。




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