表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/185

156




リビングの灯りだけがついている。


湊は先に寝室へ行った。


「無理しないでくださいね」


いつもの声。


遥花は「うん」と答えたけれど、まだソファに座っている。


テーブルの上には、仕事の資料。


引き継ぎ表。


後輩の名前。


チェックは、ほとんど終わっている。


主任として任されていた案件も、ほぼ整理済み。


産休に入っても困らないように――


そこまで考えて動いてきた。


“いつできても大丈夫なように”。


ふっと息を吐く。


大丈夫。


体制は整ってる。


後輩も育ってる。


マネージャーも理解ある。


今なら、困らない。


今なら。


「……そろそろ」


小さく呟く。


避妊をやめるだけ。


それだけなのに、妙に重い。


ほしい。


それは嘘じゃない。


湊と似た子ども。


自分に似た子ども。


あのディーラーで見た後部座席。


自然と浮かぶ光景。


でも。


もし、すぐできなかったら?


もし、何年もできなかったら?


その時、私はどうなるんだろう。


湊は、どう思うんだろう。


“焦ってません”


あの人は、そう言うだろう。


でも本当に、焦らないでいられる?


自分は?


「……こわ」


思わず、声が漏れる。


ほしいと思うことは、怖い。


できなかったとき、傷つくから。


ソファに背を預ける。


天井を見上げる。


静かな部屋。


寝室のドアの向こうに湊がいる。


守る準備をしている人。


車も、講習も、貯金も。


全部、前向き。


その隣で、自分だけ立ち止まってる気がする。


「……だめだな」


立ち上がる。


寝室のドアを開ける。


湊は、横になってスマホを見ていた。


ベッドの端に腰かける。


「ねえ」


「はい」


声は穏やか。


「そろそろ、いいのかなって」


湊の目が、わずかに揺れる。


「……」


「仕事も、ほぼ引き継げたし」


視線を落とす。


「いつできても、困らない」


言葉にすると、やっぱり少し震える。


湊は起き上がり、ゆっくりこちらを見る。


「怖いですか」


即答できない。


でも、嘘もつけない。


「……ちょっと」


正直に言う。


「できなかったら、とか考えちゃう」


湊はすぐに答えない。


代わりに、手を伸ばす。


そっと、指を絡める。


「できなくても」


「それは遥花さんのせいじゃないです」


「俺のせいでもない」


「二人のことです」


指先が、ぎゅっと力を込める。


「焦らんでいいです」


まっすぐ。


「進むなら、一緒に覚悟しましょ」


その言い方が、あまりに湊らしくて。


涙が出そうになる。


「覚悟って」


笑いながら言う。


「大げさ」


「大げさやないです」


真面目な顔。


「ほしい思うってことは、覚悟やと思います」


胸の奥が、じんわり温かくなる。


怖い。


でも。


一人じゃない。


「……じゃあ」


小さく息を吸う。


「一緒に、そろそろ?」


湊は一瞬だけ目を閉じて。


「はい」


静かに頷いた。


未来は、まだ見えない。


でも、同じ方向を向いている。


それだけで、少しだけ怖さが薄れた。


夜は静かに、二人を包む。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ