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「あれ、今日が初めてじゃないですよね。」
低い声。
怒っているわけじゃない。
でも、逃げ場のない声。
「でも今まで何もなくて、大丈夫だったから」
「大丈夫ちゃうやろ。」
初めて、感情が露わになる。
「なんで一人で帰るんですか。」
「今日はマネージャーが——」
そこで止まる。
湊の目が揺れる。
「いつも送ってもろてたんか。」
胸がきゅっとし、言葉に詰まる。
沈黙が答えになる。
「俺、何も知らんかったんやな。」
その言い方は、責めてない。
でも痛い。
「なんで言ってくれないんですか。」
“くれない”。
そこに、少しだけ傷が混じる。
私は、反射で言う。
「言う必要ないでしょ。」
静かに。強く。
「……そんな頼りないですか。」
初めて見る顔だった。
怒りじゃない。
自信が、少しだけ崩れた顔。
違う。
そうじゃない。
でも、止まらない。
「湊は学生なんだよ。」
言葉が、刃みたいに出ていく。
「まだ、未来があって。」
「私はもう、戻れなくて。」
喉が熱い。
「守るとか、簡単に言わないで。」
声が崩れる。
「あなたがいるのが、当たり前になったら——」
息が詰まる。
怖い。
それを認めるのが一番怖い。
「いなくなったらって、思うのが怖いの。」
涙が落ちる。
大人の顔が、剥がれる。
情けない。
強いふりしてきたのに。
次の瞬間、視界が揺れる。
湊の早い鼓動が聞こえる。
「頼りないかもしれん。」
「分からんことも多い。」
「でも。」
少しだけ抱く力が強くなる。
「外側で終わる気ない。」
息が震える。
「当たり前になっても、消えへん。」
「言うたやろ、横に立つって。」
涙がさらに溢れる。
守られたいわけじゃなかった。
でも。
一人で立ち続けなくていいと、
初めて思った。
腕の中で力を抜く。
境界線が、溶けていく。




