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ガラス張りのショールームは、思ったより静かだ。
「いらっしゃいませ」
スーツ姿の営業が近づいてくる。
湊が一歩前に出る。
「軽く見に来ただけなんですけど」
落ち着いた声。
遥花は横で、少しだけ緊張していた。
展示されている車は、どれも思ったより大きい。
「ファミリー向けでしたら、こちらのタイプが人気です」
営業がドアを開ける。
中を覗き込む。
「広……」
思わず漏れる。
湊は黙って運転席に座った。
ハンドルを握ると表情が少し変わる。
「似合う」
遥花が笑うと、湊は視線だけ寄越す。
「まだ買うとは言ってません」
でも、まんざらでもない顔。
「後部座席も是非」
営業に促されて、遥花が後ろに回る。
ドアを開けると、想像より広い空間。
チャイルドシート、余裕で置ける。
湊が隣に来る。
「どうですか」
「広いね」
「荷物も結構積めます」
トランクを開ける。
ベビーカーも入りそうだ。
想像してしまう。
小さな靴。
小さな手。
不意に、胸がきゅっとする。
「色はこの白が人気です」
営業が説明する。
湊は真剣に聞いている。
価格、維持費、保険。
数字の話。
遥花は少し離れて、二人を眺める。
本気だ。
ちゃんと未来として考えてる。
「試乗されますか?」
湊は一瞬だけこちらを見る。
「どうします?」
「……乗ってみる?」
少しだけ不安もある。
でも、頷く。
エンジンがかかる。
振動が伝わる。
助手席に座ると、景色が少し高い。
「緊張しますね」
湊が小さく笑う。
「ペーパーって言ってたの誰だっけ」
「ちゃんと講習行きました」
ゆっくりと車が動く。
滑らかだ。
思ったより、怖くない。
「どうですか」
ハンドルを握る横顔は真剣。
でも、どこか楽しそう。
「悪くない」
素直に言う。
湊の口元がわずかに緩む。
信号待ち。
ふと、視線が交わる。
「遥花さん」
「ん?」
「もし、やっぱりいらんってなったら」
「その時は、その時でいいです」
意外な言葉。
「焦ってるわけやないんで」
「……うん」
「でも」
少しだけ、声が低くなる。
「迎えに行ける準備は、しときたい」
胸が、静かに熱くなる。
ディーラーに戻り、エンジンが止まる。
車内が急に静かになる。
営業がドアを開ける。
「いかがでしたか?」
湊は丁寧に礼を言う。
「検討します」
ショールームを出る。
外の空気は冷たい。
「どうする?」
遥花が聞く。
湊は少し空を見上げる。
「……買う方向で考えます」
即答じゃない。
でも、迷いは少ない。
「ほんとに?」
「はい」
一歩近づく。
「横、乗ってくれます?」
真面目な顔。
遥花は笑う。
「うん」
その一言で、湊の肩がほんの少しだけ下がる。
未来はまだ形になっていない。
でも、少しだけ輪郭が見えた気がした。




