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玄関先でコートを脱ぎながら
遥花は小さく息を吐いた。
「寒っ」
「遥花」
母の声。
リビングに入ると、父はすでに座っていた。
「あけましておめでとうございます」
湊がきちんと頭を下げる。
「おめでとう、湊くん。今年もよろしくな」
父の声は柔らかい。
テーブルにはおせちと、湯気の立つお雑煮。
いつもの年始の光景。
「はい、これ」
遥花が手土産を差し出すと、母はにこにこ受け取る。
「ありがとう。相変わらず気が利くわね、湊くん」
「いえ」
落ち着いた返事。
食事が始まり、他愛のない話が続く。
仕事のこと、寒波のこと、近所の話。
湊は丁寧に相槌を打ち、父の質問にもきちんと答える。
その様子を、遥花は横でぼんやり眺めていた。
ちゃんと馴染んでる。
少し誇らしい。
そして、やっぱり来た。
母が箸を置く。
「ねえ、遥花」
「ん?」
「そろそろ子ども、考えてんの?」
箸が止まる。
一瞬だけ、空気が静まる。
遥花は、湊を見る。
湊は動じない。
ただ、静かにこちらを見る。
「まあ……ぼちぼち?」
曖昧に笑う。
母はうんうんと頷く。
「若いうちの方がいいって言うしね」
父が、湊を見る。
「湊くんのご両親はなんて?」
視線が向く。
湊は一拍だけ考えた。
「特に急かされてはいません」
穏やかな声。
「でも、できたら喜ぶと思います」
父が静かに頷く。
「そうか」
母はふっと笑う。
「二人のペースでいいけどね。
ただ、私も抱けるうちに抱きたいから」
その言い方が、少しだけ可笑しい。
遥花は苦笑する。
「プレッシャーかけないでよ」
「かけてないわよ」
でも、どこか期待はある。
帰り道。
冷たい空気。
並んで歩く。
「……ごめんね」
遥花がぽつりと言う。
「何がですか」
「なんかさ、急に」
湊は首を振る。
「普通の話です
考えてないわけじゃないですし」
その言葉に、遥花は視線を上げる。
歩幅を合わせながら、続ける。
「欲しくなってから準備するより、
今から考えておく方がいいと思ってます」
遥花は小さく笑う。
「計画的だね」
「職業柄です」
でも、その声は柔らかい。
「……遥花さんは?」
聞き返される。
少し迷ってから、答える。
「ほしいよ」
素直に。
湊の足が、わずかに止まる。
「でも、今すぐじゃなくてもいいかなって」
「はい」
「ちゃんと、二人でいられる時間も好きだから」
その言葉に、湊の表情が少し緩む。
「……それは、俺もです」
手が触れる。
自然に、指が絡む。
「焦りません」
低く、確かに。
「でも、守れる準備はしておきます」
その言い方に、遥花は笑う。
冷たい空気の中、二人の手は温かい。
遠くで初詣帰りの家族の声がする。
小さな子どもの笑い声。
遥花はその音に耳を傾ける。
湊も、同じ方向を見る。
言葉はない。
でも、未来の話はもう、他人事じゃない。
静かな新年が始まる。




