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資料室前のやり取りを

少し離れたデスクから眺めていた。


面白いものを見た顔を隠すのに少し苦労する。


後輩が無邪気に笑う。


「橘さん、奥さんと仲直りしました?」


橘は一瞬だけ眉を動かす。


「……別に喧嘩してないです」


嘘だな、と思う。


後輩が身振り手振りで笑う。


「嘘です!だって橘さん目がこんなでしたよ!こんな!」


目を細めて真似する。


橘は小さくため息をつく。


「喧嘩してないですけど、解決はしたので」


“解決”。


その単語に、ほんの少しだけ引っかかる。


解決、ね。


つまり何かあったのは事実だ。


そこに指をかける。


「喧嘩したんですか?」


自然に、軽く。


橘は即座に否定する。


「してません」


表情は崩れない。


柊は肩をすくめる。


「奥さん無防備ですもんねぇ、心配ですね?」


少しだけ、棘を混ぜる。


不安を煽る。


ほんの少し揺らせば、目が変わるはずだと思っていた。


だが。


橘の視線が、静かに向いた。


怒ってはいない。


でも、完全にこちらを捉えている。


「……それ、やめた方が良いですよ」


声は穏やか。


だから余計に不穏。


「え?」


間抜けな声が出る。


橘は一歩も動かない。


「“思ってたより、隙がないですね”」


淡々と続ける。


「だったんじゃないですか?あの時、言いかけたの」


背筋が、ぞくりとする。


確かに。


あの朝。


ホームですれ違ったとき。


白いジャケットをきた女性。


目が合った瞬間に思ったのは――


“隙がない”


でもあの場は2人で、橘はいなかった。


「……な、なんで」


口が勝手に動く。


橘は少しだけ口角を上げた。


勝ち誇るでもなく。


ただ事実を述べるように。


「うち、隠し事はしないんです」


後輩がきょとんとする。


柊だけが、その意味を正しく受け取る。


「ルールな訳じゃないですけど、自然と」


自然と。


つまり、筒抜けだ。


自分の言葉も、視線も、含みも。


全部、共有されている。


隠れていない。


だから揺れない。


なるほど。


腹の奥がじわりと熱くなる。


悔しい、というより。


面白い。


こんな男は久しぶりだ。


守ると吠えるタイプでもない。


嫉妬で荒れるタイプでもない。


一度揺れて、それでも立ち直る。


その上で、こちらを牽制する。


しかも笑顔で。


「……へえ」


小さく笑う。


橘はもう視線を外している。


会話は終わったという態度。


その余裕が癪に触る。


だが同時に、興味をそそる。


“今は”揺れない。


だが、人はいつだって揺れる。


怖さを知った直後ほど、脆い。


橘は理解しているのか。


それとも、理解した上で立っているのか。


どちらでもいい。


面白い。


後輩が首をかしげる。


「なんの話ですか?」


柊は肩をすくめる。


「さあ?」


視線だけ、橘の背中を追う。


逃げない背中。


振り返らない背中。


――敵わないな、今は。


心の中で呟く。


まだ、ゲームは終わっていない。


むしろ、始まったばかりだ。




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