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抱き寄せられたまま、しばらく動けなかった。


湊の呼吸が、まだ少し荒い。


さっきまでの鋭さは消えているのに、腕の力だけは強い。


「……ごめん」


ぽつりと落ちた声。


低くて、かすれている。


遥花は首を振る。


「ううん、私が……」


言い終わる前に、腕が緩む。


湊が一歩離れ、視線を落とす。


そして、はっとしたように手首を見る。


掴んでいた場所。


うっすら赤い。


顔色が変わる。


何も言わずにキッチンへ向かう。


引き出しを開ける音。


戻ってきた湊の手には、冷たいタオル。


さっきまで感情で荒れていた人と

同一人物とは思えないくらい、静かだ。


「すみません」


敬語に戻っている。


胸が、きゅっとなる。


「強く掴みすぎました」


ひやりとした感触が、手首に当てられる。


冷たいのに、優しい。


「大丈夫だよ」


遥花は小さく笑う。


「ちょっと赤くなっただけ」


でも湊は笑わない。


視線が、痛いほど真剣。


「大丈夫じゃないです」


声が落ち着いている分、余計に重い。


「感情で手を出したのは事実なので」


“手を出した”という言い方に、遥花の胸が揺れる。


湊の指先が、ほんの少し止まる。


「昨日、ずっと考えてました」


視線は手首のまま。


「もし何かあったらって」


「何もなかったよ」


「それが奇跡なんです」


「“何もない”は保証じゃないです」


タオルを少しずらす。


赤みはもうほぼない。


「俺が怖いって言った意味、分かってなかったですよね」


責めているわけじゃない。


確認。


遥花は頷く。


「うん」


涙が、またにじむ。


「分かってなかった」


「大丈夫って、言えば済むと思ってた」


湊の喉が小さく動く。


「ごめん」


今度は、ちゃんと正面から。


「約束したのに」


「湊の怖さ、軽くしちゃった」


タオルの上から、そっと自分の手を重ねる。


「ごめんなさい」


真っ直ぐ。


湊が、ようやく顔を上げる。


その目は、もう冷えていない。


「……怒ってないです」


小さく言う。


「怒ってたら、あんな言い方してません」


少しだけ、自嘲気味に笑う。


「俺はただ、怖かっただけです」


遥花の胸がぎゅっと締まる。


「これからは」


湊が続ける。


「大丈夫って言う前に、俺の顔思い出してください」


「うん」


「それで、それでも大丈夫だと思えたら、言ってください」


「うん」


素直に頷く。


湊はタオルを外し、赤みを確認する。


「……跡は残らなさそうですね」


ほっとしたように息を吐く。


その顔を見て、遥花が少しだけ笑う。


「ほんと過保護」


「はい」


今度は、ちゃんと目が合う。


「それでいいです」


それから、遥花がそっと言う。


「怖がるね」


「ちゃんと、怖がる」


湊の喉が詰まったように動く。


次の瞬間、また抱き寄せられる。


さっきよりずっと優しく。


「無事でよかったです」


耳元で、静かに。


遥花は湊のシャツをぎゅっと掴む。


「うん」


今度は、軽くない。


ちゃんと重い。




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