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既読は、ついた。
それだけ。
返信は来ない。
画面を見つめたまま、指先が冷える。
湊はすぐ返す人だ。
短くても、「分かりました」とか、「気をつけて」とか。
今は、何もない。
ホテルの部屋。
シャワーを浴びながら、湊の顔が浮かぶ。
“早めに帰ってきてください”
“お願いします”
真剣な声。
軽く受け止めたつもりはない。
でも、どこかで思っていた。
事故なんてそうそうない。
大丈夫。
自分はちゃんとしている。
危ないことなんて起きない。
――その“自分は大丈夫”を、湊は怖がっていた。
ベッドに腰を下ろして、もう一度メッセージを見る。
『ごめん、終電止まっちゃった。
今ホテル取ったから今日は泊まるね』
軽い。
謝ってはいる。
でも軽い。
“止まっちゃった”
まるで他人事みたいだ。
胸が、じわじわと熱くなる。
違う。
湊が怖かったのは事故じゃない。
守れなかったことだ。
それを、私は分かってたはずなのに。
朝、家に戻る。
静かなリビング。
いつも通り整えられたキッチン。
何も荒れていない。
何も怒っていない。
それが、余計に怖い。
スマホを見る。
返信、なし。
胸がきゅっと縮む。
こんな湊、初めてだ。
4年以上一緒にいて、
喧嘩もした。
すれ違いもあった。
でも、既読無視はなかった。
無視じゃない。
たぶん、言葉を選んでる。
その時間が、怖い。
休みの日の部屋は、妙に広く感じる。
何度も画面を確認する。
通知は、ない。
そして、16:18。
やっと震える。
画面に表示された名前。
『遅くなります。先に寝てください』
それだけ。
名前もない。
絵文字もない。
柔らかさもない。
胸が、ずんと落ちる。
だめだ。
これ。
完全に傷つけた。
事故だったとか関係ない。
約束を軽く扱った。
湊の“怖い”を、軽くした。
すぐに打つ。
迷わない。
『ごめんなさい』
足りない。
打ち直す。
『事故だったけど、それでも約束したのに守れなくてごめんなさい』
指が止まらない。
『湊が怖いって言ってたのに、ちゃんと分かってなかった』
呼吸が浅くなる。
『軽くみてごめんなさい』
送信。
画面が静かになる。
今度は逃げない。
事故のせいにしない。
ちゃんと、謝る。
ソファに座り込む。
こんなに不安になるの、久しぶりだ。
湊に怒られるより
静かに距離を置かれる方が、ずっと怖い。
“油断しないでください”
あの言葉の重さを、やっと理解する。
今夜、ちゃんと顔を見て、もう一度謝ろう。
逃げない。




