133
夜。
遥花は先にシャワーを浴びている。
リビングに一人。
さっきの会話が、まだ頭の中に残っている。
子ども、
いつか。
焦らなくていい。
分かってる。
でも。
スマホを手に取る。
検索欄に、少し迷ってから打ち込む。
「出産 費用」
表示された数字に、眉が動く。
「……え」
思ったより、する。
出産費用。
入院費。
検診。
ベビー用品。
ベビーベッド。
保育園。
次々と出てくる。
桁を見て、思わず息を吐く。
「こんな、するんだ」
軽く笑う。
知らなかったわけじゃない。
でも、具体的な数字は重い。
指でスクロールしながら、頭の中で計算する。
今の貯金。
ボーナス。
式挙げなかった分余裕はある。
指輪と写真だけ。
いけなくはない。
たぶん。
でも。
「あるに越したことないよな」
画面を閉じる。
少しだけ天井を見る。
子どもを抱いてる自分。
遥花が笑ってる。
さっきの女の子みたいに、元気に走る小さな背中。
守れるか。
いや、
守る。
そのための数字だ。
不安じゃない。
むしろ、具体的になった。
立ち上がって、キッチンに行く。
水の冷たさがしみる。
「……がんばろ」
小さく言う。
誰に聞かせるでもなく。
でも、その声ははっきりしている。
今すぐじゃない。
来年の四月以降。
順番は守る。
遥花の仕事。
身体のこともある。
でも。
準備はできる。
昇給のこと。
資格のこと。
今の仕事でどこまで上にいけるか。
ぼんやり考えていた未来が、少しだけ具体的になる。
足りないなら増やせばいい。
ただ、それだけだ。
シャワーの音が止まり現実に戻る。
スマホをテーブルに置く。
遥花がリビングに戻ってくる。
「なにしてたの?」
「……ちょっと調べ物」
「仕事?」
「いや」
少しだけ迷ってから、笑う。
「未来の話」
遥花がきょとんとする。
「なにそれ」
「秘密です」
大したことじゃない。
ただの数字。
でも。
さっきより、少しだけ背筋が伸びている。
今は二人。
でもいつか三人。
その“いつか”のために。
静かに、前のめりで。




