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人通りの多いショッピングモールの通路で
目の前を走っていた小さな女の子が、つまずいた。
「あっ」
反射的に声が出る。
ぱたん、と軽い音。
泣くかな、と思った瞬間、横からすっと湊がしゃがむ。
「大丈夫?」
手を貸す。
女の子は一瞬きょとんとしてから、ぱっと立ち上がった。
「だいじょーぶ!」
ひざを軽く払って、にこっと笑う。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
そう言って、また走っていく。
遥花は思わず肩の力を抜いた。
「元気だね」
「ですね」
湊が立ち上がる。
その背中が、さっきより少しだけ大きく見えた。
「咄嗟に出るの、すごいね」
「いや、近かっただけです」
ちゃんと子どもの目線に合わせてしゃがんで
怖がらせない声で話していた。
ああいうところ。
好きだな、と思う。
しばらく並んで歩く。
少しだけ静かになる。
さっきの光景が、頭の中に残っている。
なんとなく。
なんとなくだけど。
口が先に動いた。
「……子ども、ほしい?」
自分で言って、ちょっとだけ驚く。
湊が一瞬止まる。
でも、すぐに歩幅を戻す。
「……急ですね」
「さっきの見てたら、なんか」
言葉を探す。
「想像、しちゃって」
湊は少しだけ空を見上げてから、こっちを見る。
「ほしくないわけじゃないです」
「でも」
その続きは分かっている。
「焦ってはないです」
湊が続ける。
「遥花さんがちゃんと落ち着いてからでいい」
その言い方が、当たり前みたいで。
「湊は?」
思わず聞く。
「早くほしいとか、ないの?」
少しだけ笑う。
「欲を言えばありますけど」
「でも、順番は守りたいです」
守る。
その言葉が、胸に残る。
「……さっき、ちょっと想像した」
小さく言う。
「湊がしゃがんで、子どもと同じ目線で話してるの」
「うちの子だったらどうなるんだろうって」
湊が、ほんの少しだけ息を飲む。
その沈黙が、愛しい。
「……甘やかしそう」
「それは否定しません」
「絶対そう」
「でも叱るときは叱ります」
真面目な顔。
でもその目は柔らかい。
「遥花さんは?」
「うーん」
少し考える。
「たぶん、意外と厳しいかも」
「でしょうね」
「なんでよ」
笑い合う。
さっきの女の子はもう見えない。
でも、その余韻は残っている。
未来の話なのに、どこか現実味がある。
焦らなくていい。
まだ先でいい。
でも。
「……いつか、だね」
ぽつりと落とす。
湊が隣で頷く。
「はい」
短い返事。
でもその声は、ちゃんと未来を見ている。
並んで歩く。
今はまだ二人。
でも、いつか。
その隣に、小さな足音が増えるかもしれない。
その想像が、怖くない。
ただ、少しだけ、あたたかかった。




