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土曜の夕方。


駅前の小さなイタリアンの前で

私は少しだけ緊張していた。


「珍しいですね」


隣で湊が言う。


「何が?」


「遥花さんが、他人のことでそわそわしてるの」


「だって悠だよ?」


言いながら、ちょっと笑う。


あの悠が“紹介する”って言ったのだ。


それだけで、十分大事件だった。


店に入ると

奥の席に二人並んで座っているのが見えた。


悠と、その隣にいる人。


立ち上がって、丁寧に頭を下げる。


「初めまして。朱里と申します」


落ち着いた声。


柔らかいのに、芯がある。


その一瞬で分かる。


――ああ、悠の隣だ。


派手さはない。

でも、静かに場を整えるような空気。


「遥花です」


「湊です」


挨拶を交わしながら、私はちらっと悠を見る。


いつも通りの顔。


でも、ほんの少しだけ優しい。


食事は思ったより自然に進んだ。


朱里さんは話しすぎない。


でも、黙りすぎない。


質問にはきちんと答えるし、

悠が話を雑に投げても、ちゃんと受け止める。


「それ、前も言ってましたよ」


「言ったか?」


「言いました」


小さなやり取り。


そこに、時間がある。


湊が横で静かに観察しているのが分かる。


「悠」


帰り際、湊がぽつりと呼ぶ。


「何だよ」


「大事にしてますね」


一瞬、悠が黙る。


それから短く、


「まあな」


その言い方が、もう答えだった。


改札前で別れる。


「今日はありがとうございました」


朱里さんがもう一度、丁寧に頭を下げる。


私は自然に笑う。


「こちらこそ。またね」


悠は当然みたいに言う。


「送る」


それが普通、みたいな顔で。


湊が小さく笑う。


改札を抜けていく二人の背中。


並んで歩く姿は、違和感がない。


私はふっと息を吐く。


「…安心した」


「何がですか」


「悠がちゃんと好きなんだなって」


湊が少しだけ目を細める。


「ですね」


短い肯定。


三人で一つ、みたいな時間は長かった。


でも、今は違う。


悠には悠の隣があって、

私の隣に湊がいる。


それでも、不思議と寂しくはない。


むしろ、少し誇らしい。


「なんかさ」


「はい」


「大人になったね」


湊が小さく笑う。


「遥花さんもですよ」


「何で私?」


「ちゃんと送り出せてるから」


言い返そうとして、やめた。


改札の向こうで

悠がさりげなく朱里さんを内側に立たせる。


当たり前みたいに。


その背中を見ながら、私は思う。


――ああ、世界が広がっていく。


でも“内側”は、ちゃんとここにある。


隣にいる湊の手を、そっと握った。


「帰ろっか」


「はい」


私たちも、並んで歩き出す。




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