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入籍から一週間。
いつものように三人で夕飯を囲んでいた。
特別な話題もなく、
仕事の愚痴と、どうでもいいニュースの話。
その流れの中で、悠が唐突に言った。
「今度、会わせるわ」
箸が止まる。
「……誰を?」
遥花が、あえて何も知らない顔で聞く。
悠は味噌汁を一口飲んでから、さらっと続ける。
「彼女」
一拍。
湊がゆっくり顔を上げる。
遥花と目が合う。
ほんの一瞬のアイコンタクト。
そして。
「やっとかー」
湊が言った。
悠、固まる。
「……は?」
遥花もにやっと笑う。
「遅い」
「ちょ、待て」
悠が眉を寄せる。
「なんでその反応」
湊が箸を置く。
「気づかれてないと思ってたん?」
「……え?」
今度こそ、本気で止まる。
遥花が楽しそうに肩を揺らす。
「去年の秋くらいから雰囲気変わったよ?」
「は?」
「急に週末予定増えたし」
湊が続ける。
「連絡の返し方変わったし」
「帰る時間も微妙に早なった」
「たまに機嫌いいし」
一つ一つ挙げられていく。
遥花が追い打ちをかける。
「あと、スマホ見る顔」
「やめろ」
即座に遮る。
湊が笑う。
「完全に隠せてる気でおったんやな」
「……言えよ」
悠が低く言う。
「なんで黙ってんだよ」
湊は肩をすくめる。
「お前が言うまで待っとった」
遥花も頷く。
「言われるの待つのが礼儀でしょ」
その言い方が、自然すぎる。
悠は一瞬、言葉を失う。
「……去年の秋から」
小さく呟く。
「八ヶ月」
「知っとる」
湊が即答。
「長」
遥花が笑う。
悠はため息をつく。
「なんで誰も聞かねえんだよ」
「聞いたら逃げそうやったし」
「は?」
「お前、こういうの慎重やろ」
図星。
悠が黙る。
遥花が少しだけ柔らかい声で言う。
「ちゃんと自分で言いたかったんでしょ」
その一言で、悠の肩の力が抜ける。
図星すぎる。
「……まあな」
小さく認める。
湊がじっと見る。
「本気なんやな」
悠は一瞬だけ視線を落とす。
それから、はっきり言う。
「本気」
軽くない。
冗談でもない。
遥花が微笑む。
「知ってた」
「なんで」
「顔」
即答。
湊も頷く。
「本気のときの顔しとる」
「分析すんな」
でも、今度は否定しない。
少しだけ、照れている。
「どんな人?」
遥花が改めて聞く。
悠は考えてから言う。
「静かで、ちゃんとしてる」
その言い方が柔らかい。
湊がにやっとする。
「好きなんやな」
「……否定はしない」
短い答え。
それで十分。
空気が、少しだけ変わる。
今までは三人で一つみたいだった。
でも悠はもう、誰かと並んでいる。
湊が小さく笑う。
「見たいな」
「何を」
「悠の隣」
「余計なお世話だ」
でも、どこか誇らしげだ。
遥花が楽しそうに言う。
「今度の土曜?」
悠が頷く。
「もう決めてある」
「覚悟決まっとるやん」
湊が言う。
悠はそっけなく答える。
「ちゃんと紹介しとく」
遥花がふっと笑う。
「嬉しいよ」
悠が目を細める。
「なんでだよ」
「悠が選んだ人でしょ」
信頼そのものの言葉。
湊も続ける。
「安心やな」
「まだ会ってねえだろ」
「悠が選んだなら」
その一言で、悠は静かに息を吐く。
「……うるせえ」
でも今度は、照れ隠しじゃない。
少しだけ、安心している。
隠せてると思っていたのは自分だけ。
でも、ちゃんと見られていた。
三人の空気は変わらない。
でも確実に、世界は広がっている。
“内側”のまま先へ。
ここでシリーズ作品
「境界線のその先で」と繋がります。
悠×朱里もよろしくお願いいたします。




