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呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
さっきまで乱れていた空気が、
ゆっくりと静まり返っていく。
部屋の温度も、二人の距離も、
まだ近いままなのに、
時間が置いていかれたみたいに静かだった。
「……はぁ……」
息が長く抜ける。
力が抜けた身体のまま、
そのまま隣に落ちる。
すぐそこに、遥花がいる。
触れればわかる距離。
逃げない体温。
まだ残っている熱。
指先で、そっと髪に触れる。
さら、と流れる感触に、
さっきまでの時間が一気に蘇る。
「……かわいい」
掠れた声が、自然と落ちる。
自分でも、驚くくらいにやさしい声だった。
頬に触れる。
体温が、ちゃんとある。
「……好き」
抑えきれずに零れる。
言葉にするほどでもないのに、
言わずにはいられない、そんな感覚。
そのまま、少しだけ目を閉じる。
満たされている。
何も足りないものなんてない、そう思えるくらいに。
――なのに。
ふと、違和感が差し込む。
さっきまであったはずの、
小さな反応が、ない。
呼吸のリズムは変わらない。
でも、何かが違う。
「……遥花さん」
軽く呼ぶ。
返事は、ない。
少しだけ近づく。
「……遥花さん」
もう一度。
頬に触れる。
温かい。
でも――
反応が、薄い。
「……あれ」
一気に、現実に引き戻される。
身体を少し起こして、
顔を覗き込む。
呼吸は、ちゃんとしてる。
苦しそうでもない。
ただ、
完全に、力が抜けてる。
理解が追いつくまで、
数秒、止まる。
「……寝てる?」
自分の声だけが、やけに静かに響く。
さっきまでの余韻が、
全部違う意味を持って押し寄せてくる。
「……え?」
小さく漏れる声。
一歩遅れて、
「……いや、え?」
頭の中で、さっきの自分をなぞる。
止まらなかったこと
止めなかったこと
止める余裕がなかったこと
全部、ちゃんと覚えてる。
「……やば」
思わず、手で顔を覆う。
じわじわと、理解が深くなる。
「……俺、ほんまに……」
言葉にならないまま、止まる。
数秒、黙って、
「……いや、そりゃそうやろ……」
ぽつりと呟く。
自分で納得しかけて、
「……よくないやろ」
すぐに否定する。
もう一度、遥花を見る。
静かに眠ってる。
さっきまでの気配が嘘みたいに、
何も知らない顔で。
「はぁ……」
深く、息を吐く。
そっと、布団をかけ直す。
乱れていた髪を、指で整える。
起こさないように、
触れるか触れないかの距離で。
「……ごめん」
小さく落とす。
しばらく、そのまま見つめる。
反省してるはずなのに、
「……かわいい」
結局、それが先に出てくる。
額を軽く寄せる。
触れるか触れないかの距離で止める。
それ以上は、もうさすがにやめる。
「……次は、ちゃんとします」
自分に言い聞かせるみたいに。
少しだけ間を置いて、
「……いや、無理かもしれん」
ぽつり。
すぐに自覚して、
また顔を覆う。




