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「遥花さん」
すぐ近くで、何度も。
同じ呼び方のはずなのに、
少しずつ、輪郭が変わっていく。
最初は言葉だったのに、
今はもう、音でもない。
触れられるたび、
その呼び方ごと、体に落ちてくる。
「好きです」
耳元でほどける。
その瞬間、胸の奥がきゅっと縮まる。
ただ、溶ける。
「好き」
短くなった言葉が、
まっすぐ落ちてくる。
近づいてくるたび、
安心してる自分がいる。
「遥花さん」
また呼ばれる。
何度目かも分からない。
でも、そのたびに、
この人は、本気なんだって。
「……好き」
少し崩れた声。
整ってない。
でも、その不器用さが、
そのまま伝わってくる。
胸の奥に、じわじわ広がる。
あったかいのに、苦しい。
離れたくないのに、
どうしていいか分からなくなる。
触れられる。
優しいままなのに、
どこか余裕がない。
それが分かるから、余計に、
「かわいい」
ぽつり、と落ちる。
思わず息が止まる。
次の瞬間には、
また近くなる。
距離も、呼吸も、温度も。
すべてが曖昧になっていく。
どこからが自分で、どこまでが湊か
分からない。
「……だめだ」
かすれた声。
でも、
止まらない。
その一言で、
逆に、何かがほどけたみたいに。
「好き、です」
重なる呼吸の中で、
その言葉だけが、やけに鮮明に響く。
時間の感覚が、変になる。
さっきまでの流れも、
どれくらい経ったのかも、
曖昧になっていく。
一瞬だった気もするし、
ずっと前からこうしてた気もする。
ただ、
“今”だけが、濃い。
「遥花さん」
呼ばれるたび、
ちゃんとここにいるって、
確かめられる。
その安心が、
少しずつ、思考を溶かしていく。
「好き」
「好きです」
繰り返される。
そのたびに、
受け止めきれないくらい、満ちていく。
胸がいっぱいで、
何か返したいのに、
うまく言葉にならない。
ただ、
離れたくない、って思う。
それだけが、はっきりしてる。
「……遥花さん」
声が、もう息に近い。
それでも、ちゃんと届く。
近い。
近すぎるくらい。
でも、それが心地いい。
「好き」
最後に落ちたその一言で、
全部が、静かに満ちる。
時間が、止まったみたいに。
ただ、
触れてる。
離れない。
言葉がなくても、
全部が伝わる距離で。




