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「お待たせ」


ドアを開けながら声をかける。


さっきまでの熱が、まだ少し残ってる。


視線が合うだけで、なんとなく空気が変わる。


「……湊も、シャワー浴びてきて」


そう言うと、


一瞬だけ、止まる。


ほんの少しだけ迷った顔。


でも、


「……はい」


ちゃんと頷く。


「すぐ出ます」


その言い方に、思わず笑いそうになる。


「いや、ちゃんと入ってきて」


「……努力します」


真顔で言うから余計におかしい。


浴室のドアが閉まる音がして

一気に、静かになる。


さっきまであんなに近くにいたのに

急に距離が空いたみたいで、少しだけ落ち着かない。


……落ち着かない、どころじゃないかもしれない。


ソファに座ったまま、なんとなく手のひらを見下ろす。


まだ、触れられてた感覚が残ってる気がする。


「……なにこれ」


小さく呟いて、首を振る。


変に意識してる自分が、ちょっと恥ずかしい。


けど。


さっきの湊の顔、思い出してしまう。


余裕なさそうで、でも止める気もなくて。


「……ほんと、ずるい」


ぽつりとこぼしてから、はっとする。


いや、ずるいのはどっち。


あんな顔させたのは、たぶん自分だ。


そう思った瞬間、また変に熱が上がる。


落ち着こう、と立ち上がる。


とりあえず、髪。


このままじゃ、さすがに。


寝室に入って、ドレッサーの前に座る。


鏡に映った自分と目が合う。


少しだけ、頬が赤い。


「……はあ」


ため息みたいに息を吐いて、ドライヤーを手に取る。


スイッチを入れると、ぶわっと風の音が広がる。


その音に紛れるみたいに、思考も少しだけぼやける。


髪を乾かしながら、視線を逸らす。


でも、どうしてもさっきのことが頭から離れない。


玄関での距離。


近すぎた呼吸。


触れられた腕。


「……だめだ」


首を振る。


考えないようにしようとすればするほど

余計に浮かんでくる。


ドライヤーの温風が、頬に当たる。


その熱さと、さっきの熱が、

なんとなく似てる気がして。


「……もう」


小さく笑ってしまう。


ほんと、どうかしてる。


でも。


嫌じゃない。


むしろ――


そこまで考えて、ふいに手が止まる。


ドライヤーの音だけが、部屋に残る。


……これ以上考えたら、たぶんダメだ。


軽く頭を振って、また乾かし始める。


がちゃっ、とドアが開く音がする。


「え、はやくない……?」


振り返った瞬間、言葉が止まる。


そこにいたのは、


思ってたよりずっと“整ってない”湊だった。


髪は完全に乾いてなくて、まだ水滴が落ちてる。


Tシャツは着てるのに、首元も少し濡れてて。


タオルも、ちゃんと使った形跡がない。


「……湊?」


思わず名前を呼ぶ。


湊は、少しだけ息を整えるみたいにしてから、


まっすぐ、こっちを見る。


その視線が、いつもと違う。


「……ちゃんと拭きなよ」


少し呆れたみたいに言うと、


「それどころじゃないです」


間髪入れずに返ってくる。


一歩、近づいてくる。


ドライヤーの音が、急に遠く感じる。


距離が、近い。


さっきよりも、ずっと。


「……待って」


小さく言うと、


湊の動きが、ほんの少しだけ止まる。


でも、引かない。


「ちゃんと拭いてからにしなって」


少しだけ距離を取ろうとするけど、


その分、湊が詰めてくる。


逃げ場がなくなる。


ドレッサーの前。


椅子に座ったまま、見上げる形。


「……拭きましたよ」


「嘘でしょ」


「最低限は」


「それ拭いたって言わない」


思わず言い返すと、


湊が、少しだけ笑う。


余裕があるわけじゃない。


むしろ逆。


抑えきれてないのが、見える笑い方。


「……遥花さん」


名前を呼ばれる。


そのまま、手が伸びる

ドライヤーのスイッチが切られる。


逃げる理由を探そうとしたのに、


もう遅い。


「……無理でした」


ぽつり。


さっきの「すぐ出ます」の答えみたいに。


「ちゃんと入るつもりだったんですけど」


視線が外れない。


逃がさない、っていうより、


離したくない、の方が近い。


「……遥花さんが、ああいう顔するから」


「どんな顔」


「……今もしてます」


少しだけ息がかかる距離。


「……待てって言われたから待ったのに」


低く、ぼそっと。


拗ねたみたいな言い方。


でも、


我慢した分、全部出てる。


「……褒めてほしいくらいです」


「そこは褒めない」


そう言うと、


一瞬だけ、ふっと笑う。


でもすぐ、


「……もう無理です」


そのまま、手を取られる。


今度は迷いがない。


「……嫌なら言ってください」


ちゃんと一回、ブレーキかけるのも、


湊っぽい。


「……言わない」


そう返すと、


一瞬だけ止まって、


それから、


「……じゃあ、遠慮しません」


小さく、でもはっきり言う。


そのまま引かれる。


さっきより強い。


でも、乱暴じゃない。


ただ、止める気がないだけ。


ベッドに触れる。


沈む。


上から影が落ちる。


まだ髪から水滴が落ちてきて、


シーツに小さく染みる。


「ちょ、濡れるって」


「……後で替えます」


全然気にしてない。


「今はそれどころじゃないんで」


さっきと同じ言葉。


でも、意味が違う。


距離が、なくなる。


さっきまでの「待つ」はちゃんと守ったのに、


その反動みたいに、


全てが、一気に。




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