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カフェのドアを開けた瞬間
視界に入った光景に一瞬だけ足が止まった。
「あれ……?」
奥の席。
湊と、両家の母。
それから
「……悠?」
「お、来た」
当たり前みたいに手を上げてくる。
「え、ほんとになんでいんの?」
「呼ばれた」
さらっと言うな。
「いや、なんで?」
「知らねえよ、呼ばれたからきただけ」
絶対楽しんでる顔してる。
なんとなく流れに乗せられるまま席に座ると
すぐに会話が再開した。
「それでね、このスタジオがすごく良くて」
「衣装も込みでこのお値段ならお得よね」
「日程も、このあたりなら空いてるみたいで」
テンポよく進む話。
もう、結構決まってるやつだ。
「遥花はどう思う?」
急に振られて、少し遅れて顔を上げる。
「え……あ、いいと思う」
反射みたいに返す。
それ以外の答え方が、分からなかった。
「でしょ?やっぱりここよね」
「この日なら都合もいいし」
「じゃあ一旦仮押さえしておきましょうか」
“仮押さえ”
言葉が、どんどん具体的になっていく。
そのスピードについていけなくて
視線を少しだけ落とした。
カップの縁を指でなぞる。
自分の話のはずなのに、どこか他人事みたいだった。
嬉しくないわけじゃない。
こんなふうに考えてくれるのはありがたいし
温かいと思う。
でも。
「この衣装、遥花に似合いそう」
「ええ、絶対綺麗よ」
「湊くんはこっちかしら?」
笑い声が混ざる。
その中に、自分もいるはずなのに。
少しだけ、距離がある気がした。
ふと、横を見る。
湊は、ちゃんと話を聞いてる。
時々相槌を打って、母たちに答えて。
その横顔は、少しだけ“外の顔”だった。
ちゃんとしてる、いつもの湊。
それが、今は少し遠く感じる。
「悠くんも来るでしょ?」
母の声に、視線が戻る。
悠は一瞬だけ目を細めて、それから軽く首を振った。
「いや、俺はいい」
「え、どうして?」
「来なさいよ」
「家族みたいなものじゃない」
軽いはずのやり取りなのに、どこかで線が引かれる。
ここは、もう“家族の話”なんだって。
自分も、その中にいるはずなのに。
なんとなく、外側から見てるみたいだった。
「この日でいいかしら?」
「そうね、問題なさそうだし」
話がまた進む。
“決まる”っていう流れが
目の前で出来上がっていく。
その中に自分の意思がちゃんとあるのか
分からなくなる。
「遥花?」
呼ばれて、顔を上げる。
「この日、大丈夫よね?」
大丈夫かどうかじゃなくて。
どうしたいか、聞かれてないなって思った。
「……うん」
それでも、頷く。
空気を止めたくなかった。
楽しそうにしてるみんなを、崩したくなかった。
それに、たぶん。
間違ったことは、何も言ってないから。
「よかった」
ほっとしたような声。
その一言で、また話が動き出す。
その流れに乗りながら。
胸の奥に、ほんの少しだけ引っかかるものが残る。
置いていかれてる、ってほどじゃない。
でも。
ちゃんと自分の足で立ててないような、そんな感覚。
カップに口をつける。
ぬるくなったコーヒーの味が
やけにぼんやりしていた。




