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鍵を閉めた瞬間、静けさが落ちる。
この部屋は、私の城だ。
笑い声も、他愛ない会話も、ここにはよく似合う。
でも今日は、静かだ。
バッグを置く。
靴を脱ぐ。
息が抜ける。
今日も削られた。
団体チェックインの波。
後輩の小さなミス。
「先輩がいれば大丈夫です」と言われた時のプレッシャー。
お客様の理不尽な言葉。
頭を下げるたび、少しずつ削れていく。
それでも顔は崩さない。
崩せない。
社会人三年目。
泣くタイミングは、もう覚えていない。
ソファに座って天井を見る。
浮かぶのは、湊の顔だった。
口が勝手に動いた。
「……会いたい。」
音になった瞬間、胸が跳ねる。
何言ってるの。
慰めが欲しい?
違う。
優しい言葉が欲しい?
違う。
ただ。
静かな目を思い出す。
削られた日の逃げ道にしてはいけない。
私は大人だ。
自分の疲れを、学生の時間で埋めてはいけない。
湊の時間は、まだ広い。
やり直しがきく。
未来を何度でも選び直せる。
そのとき、スマホが震える。
“おつかれさまです。”
たったそれだけ。
どうして今。
何も言っていないのに。
偶然だと分かっている。
でも、
胸が緩む。
「会いたい」と言った直後に届く言葉は、
反則だ。
私はしばらく画面を見つめる。
逃げないと決めたのに、
呼ばれた気がする。
“ありがと。”
それ以上は送らない。
会いたいとも、
来て、とも言わない。
でも。
指先の震えが、嘘をつく。
私はまだ落ちていない。
まだ理性で立っている。
境界線は、まだある。
でもその線の内側に、
自分の気持ちが入り始めている。




