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たまたま、湊の実家に顔を出したとき。
「そういえば」
「お式の話、もうしてるの?」
一瞬、空気が止まる。
「あ、えっと」
言葉を探す。
隣で、湊が少しだけ視線を落とすのが分かった。
「まだ、ちゃんとは」
「そうなのね」
優しく頷いてから、
「遥花さん、ドレスとか興味ない?」
「え……」
予想してなかった方向。
「いや、その……」
言葉がうまく出てこない。
「写真だけでもね、残ると違うのよ」
穏やかな声。
押しつけじゃない。
ただ、“知ってる人”の言葉。
「お金のことなら、私たちにも出させて?」
その一言で、
一気に現実になる。
「え、いえ、そんな……」
反射的に否定する。
「遠慮しなくていいのよ」
「湊もまだ社会に出たばかりで、心配だと思うけど」
ちらりと、隣を見る。
「一生に一度のことだしね」
その言葉。
やさしいのに、重い。
ありがたい、とは思う。
本当に。
でも。
(そこまでして、やることなのかな)
心の中に、静かに浮かぶ。
やりたくないわけじゃない。
でも、
そこまでしてやりたいとも思ってない。
その温度の差に、自分でも戸惑う。
帰り道。
「……すみません」
湊がぽつりと言う。
「え?」
「母さん、ちょっと踏み込みすぎましたよね」
少しだけ、申し訳なさそうに笑う。
「いや、そんなことないよ」
本当に嫌だったわけじゃない。
むしろ、
ちゃんと考えてくれてるのが分かるから。
「ただ、その……」
言葉を探す。
「忙しいし、準備とか大変そうだし」
「お金もかかるし」
「……そこまでしてやる必要あるのかなって」
言ってから、しまったと思う。
湊の足が、ほんの少しだけ止まる。
「……必要とかじゃなくて」
「ちゃんとしたいんです」
その言葉に、胸が引っかかる。
「ちゃんとって……」
思わず返す。
「別に、今ちゃんとしてないわけじゃないでしょ」
一緒に住んで、
毎日を過ごして、
ちゃんと、隣にいる。
それで十分だと思ってた。
「分かってます」
すぐ返ってくる。
「分かってますけど」
少しだけ、間。
「形に、したいんです」
視線が、まっすぐこっちを向く。
「遥花さんと結婚するって、ちゃんと」
逃げない声。
誤魔化さない目。
言葉が出ない。
「俺がやりたいだけかもしれないです」
少しだけ視線を落とす。
「親にも見せたいし」
「ちゃんと、区切りとして残したいし」
「……全部、俺の都合かもしれないですけど」
そこまで言って、
「無理にとは言いません」
一歩、引く。
その距離が、苦しい。




