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静かな和室。

畳の匂いと、落ち着いた照明。


用意された席に座りながら、遥花は小さく息を吐いた。


「……緊張してます?」


隣から、低い声。


「ちょっとだけ」


正直に答えると、


「俺もです」


珍しく素直に返ってくる。


思わず、ふっと笑ってしまう。

空気が、ほんの少しだけ緊張を和らげた。


襖が開く。


「失礼しまーす」


聞き慣れた声。


「……うん、もう驚かない」


思わず、ため息まじりに呟く。


「どうせ来ると思ってた」


「ひどくない?」


悠が笑いながら入ってくる。


その後ろから、遥花の両親。


「今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


きちんと頭を下げ合う。


そのやり取りを見ながら、遥花も背筋を伸ばす。


少し遅れて、もう一度襖が開いた。


「ごめんなさい、お待たせしちゃったかしら」


柔らかい声。

湊の母親と父親が入ってくる。


「いえ、うちが早く来ただけですから」


遥花の母が穏やかに返す。


そのまま、全員が席につく。


一瞬だけ、空気が整う。


いよいよだ、と自然に意識する。





料理が運ばれ、最初の挨拶が終わると、

空気は思ったより穏やかに流れ始めた。


「いつ頃から、そういう話をするようになったんだ?」


遥花の父の言葉。


湊は一瞬だけ視線を落として、それから顔を上げる。


「具体的に考えたのは、ここ一年くらいです」


落ち着いた声。


「ただ、その前から……一緒にいたいとは思ってました」


隣で、遥花がほんの少しだけ息を止める気配。

それでも、言葉は止めない。


「結婚って」


少しだけ、間を置く。


考えながら、それでも逃げずに言葉にする。


「ゴールでも、スタートでもないと思ってます」


場の空気が、少しだけ静かになる。


「けじめって意味ではスタートかもしれないですけど」


視線はまっすぐ。


「その先の、子どもだったり、生活だったり」


「そういう未来のための通過点というか」


言いながら、少しだけ苦笑する。


「うまく言えないですけど……

一つのハードルだと思ってます」


正直な言葉。

綺麗すぎない、でも誤魔化してもいない。


「その先を、一緒に越えていきたいです」


静かに、言い切る。


少しの沈黙。


それを破ったのは、遥花の母だった。


「……いい考え方ね」


柔らかい声。


「ちゃんと先を見てる」


その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。


今度は、湊の父。


「遥花さんは、どう思ってる?」


視線が向く。


遥花は一瞬だけ迷って、


それでも、しっかり顔を上げた。


「正直、最初は不安もありました」


静かな声。


「年齢とか、立場とか」


少しだけ笑う。


「でも、それ以上に」


視線を、隣へ。


「湊くんと一緒にいたいと思ったので」


そのまま、言い切る。


「同じ方向を見ていけると思ってます」


「……いいねぇ」


ぽつり、と悠の声。


全員の視線がそっちに向く。


「なんかさ」


箸を持ったまま、軽く笑う。


「ちゃんと“二人で決めてる感じ”する」


空気が、少しだけ緩む。


「お前、黙ってろ」


湊が小さく言うと、


「いや褒めてんだよ」


と肩をすくめる。


そのやり取りに、くすっと笑いが広がる。





食事は、そのまま穏やかに進んでいった。


仕事の話、子どもの頃の話。


少しずつ、お互いの距離が縮まっていく。


“家族になる”前の、ちょうど真ん中みたいな時間。





帰り道。

店を出て、夜の空気に触れる。


「……終わったぁ」


遥花が、小さく息を吐く。


「お疲れさまです」


湊も、少しだけ肩の力を抜く。


「なんかさ」


遥花が横を見る。


「ちゃんと現実になってきたね」


その言葉に、少しだけ間が空く。


「……はい」


短く答える。

でも、その声は、ちゃんと実感を含んでいた。


「さっきの話、すごく良かった」


「どれですか?」


「ハードルのやつ」


少しだけ笑う。


「湊っぽい」


そう言われて、

少しだけ照れたように視線を逸らす。


「……ちゃんと、越えていきたいんで」


ぽつりと落とす。


「一緒に」


その一言に

遥花が、ふっと笑う。


「うん」


迷いのない返事。


そのまま、自然に手が重なる。


もう特別じゃない動作。


でも、


前とは少しだけ違う意味を持った、当たり前。


少し後ろで

悠がひとり、空を見上げる。


「……ほんと、進んだな」


誰にも聞こえない声で呟いて、


小さく笑った。





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