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朝の光で、なんとなく目が覚めた。
隣に、あったかい気配。
視線を少しだけ動かす。
遥花さんが、まだ寝てる。
少しだけ、ぼーっとする。
この景色、前から何度も見てるはずなのに。
なんか、違う。
ゆっくり息を吐く。
それから、無意識に視線が落ちる。
左手。
指輪。
「……つけてる」
小さく呟く。
当たり前なのに、毎回ちょっとびっくりする。
自分がつけたやつ。
自分で選んだやつ。
でも、それより。
ちゃんと受け取ってもらえたって事実の方が
まだ慣れない。
そのまま、少しだけ体を起こす。
隣の遥花さんの手が、布団の上に出てる。
そっと、触れる。
起こさないように、静かに。
指先が、触れる。
そのまま、軽く重ねる。
ちゃんとある。
逃げてない。
現実だ。
思わず、少しだけ笑う。
「……やば」
声に出る。
何がやばいのかは、よくわかってる。
嬉しい。
ただそれだけ。
でも、それが思ってたよりずっと大きい。
指輪に、軽く親指で触れる。
この数日、何回見たかわからない。
そのたびに、
「ああ、そうか」ってなる。
遥花さんと、
結婚する。
改めて考えると、やっぱり変な感じだ。
遠い話だと思ってたわけじゃない。
むしろ、ずっとしたいとは思ってた。
でも、
実際にここまで来ると、
現実味が、急に増す。
なのに、不思議と重くない。
考えすぎるタイプなのは、自分でもわかってる。
でも、今回はいい。
もう決めたし。
もう言ったし。
ちゃんと、受け取ってもらった。
それで十分だ。
隣を見る。
遥花さんの寝顔。
少しだけ無防備で、
ちょっとだけ幼く見える。
普段、あんなにちゃんとしてるのに。
この瞬間だけは、完全に力抜けてる。
「……かわいい」
ぽつりと漏れる。
言ったあと、少しだけ笑う。
たぶん、起きてたら言えない。
いや、言えるか。
最近はわりと普通に言ってる気もする。
「……慣れてきたな」
前は、こんなんじゃなかったのに。
もっと必死で。
もっと余裕なくて。
それでも、隣にいたくて。
それだけだった。
少しだけ、距離を詰める。
肩が触れる。
そのまま、軽く寄せる。
起こさないように。
でも、ちゃんと触れていたくて。
「……これからも、か」
小さく呟く。
これから先も。
こうやって、
朝起きて、
隣にいて、
くだらない会話して、
たまに笑って。
たまに、ちょっとだけすれ違って。
でも、結局戻ってきて。
それを、ずっと繰り返していく。
「……悪くないどころじゃないな」
むしろ、
それがいい。
それが、いいって思える。
それだけで、十分だった。
そのとき。
「……湊?」
少しだけ、眠そうな声。
びくっとする。
「起きてたんですか」
「今起きた……」
ぼんやりしたまま、こっちを見る。
それから、
小さく首を傾げて
「なんでそんな顔してるの」
「どんな顔ですか」
「なんか……にやにやしてる」
「してないです」
「してるよ」
小さく笑われる。
その笑い方に、
ちょっとだけ照れる。
「……別に」
視線を逸らす。
「なに?」
すぐ聞いてくる。
逃げられないやつ。
少しだけ迷って、
でも、隠すほどでもないなと思って。
「普通に、嬉しいだけです」
正直に言う。
一瞬、沈黙。
それから、
「……なにそれ」
少しだけ笑う声。
「いいじゃないですか」
「いいけど」
「いいならいいでしょ」
ちょっとだけ拗ねたみたいに返すと、
「はいはい」
軽く流される。
そのやり取りすら、なんか楽しい。
「……ねえ」
「ん?」
「ほんとにするんだね」
「……しますよ」
「そっか」
小さく頷く。
それだけで、十分みたいに。
「……遥花さん」
「ん?」
「これからも、普通に隣にいてください」
少しだけ言い方を選ぶ。
大げさにしたくなくて。
でも、ちゃんと伝えたくて。
「……なにそれ」
くすっと笑われる。
「プロポーズした人のセリフ?」
「いや、もうしたんで」
「たしかに」
少しだけ笑う。
そのまま、
自然に手を伸ばす。
指輪が触れる。
それを見て、
また少しだけ実感する。
「……ちゃんと、隣にいます」
もう一回、今度は少しだけ低く。
「うん」
短い返事。
でも、それで十分だった。




